「音読」の効能を考える

2009 年 8 月 6 日

 かつてわが国の教育現場では、一斉音読や群読が小学校や中学校で盛んに行われていました。「読書(音読)百遍、意自ずから通ず」という考え方が基本にあったからです。第2次大戦後、次第に音読は省みられなくなり、最近まで音読は軽視され続けてきました。ところが、最近この音読が「読みの上達」「理解」という観点から、また、脳の活性化の観点などから再び見直されつつあります。そこで、今月は「音読」にスポットを当て、その効能について考えてみたいと思います。

 心理学の世界においては、文章を読むときに声に出して読む(音読)か、目で文章を追って読む(黙読)かでどのような違いがあるかについて、長年にわたって研究が行われています。たとえば、文章の理解や記憶などの点において音読と黙読ではどちらが有利であるかなどの研究があります。

音読と黙読の効果 (田中敏,1989)
対象学年 音読>黙読 音読=黙読 音読<黙読
小2~4年 12 13
小5年以降 13

 上記の研究は読んだ内容の記憶を比較したものですが、小学校の低~中学年では、どちらかというと音読の方が有効であるという結果が出ています。もっとも、1~2年生はまだ黙読が十分にはできませんから、「まずは音読をたっぷりと経験する」ということが大切でしょう。

 読んだ内容の記憶に関しては、アメリカの大学で大がかりな研究が行われています。単語を音読して覚えるのと、黙読によって覚えるのとを比較したものですが、結果は音読の方が34パーセントも多く覚えていたそうです。

 これは、筆者が外国語の同時通訳者からメールで教えていただいた話ですが、声に出して読む学習は、外国では大変重要視されており、週あたり何時間も音読が採り入れられているそうです。その同時通訳者の方自身、「毎朝、新聞は音読します。外国の要人との話において、新聞ネタは大いに必要なものですが、音読した方が頭により多くの情報が残ります」とおっしゃっていました。

 以上から、音読は黙読よりも読んだ内容の記憶と理解に有効であると言えるでしょう。ただし、音読をするときに気をつけるべきことがあります。読むという行為だけに集中力が奪われてしまうと、内容を理解・記憶する力は相対的に下がっていきます。「声に出して読む→内容を心に留める」といった流れを大切にして音読に励みたいものです。

 大人は、文字の連なりを目で見るとほぼ同時に著述内容を理解できます。視覚でとらえた文字情報を意味に変換する機能が脳の中に宿っているからです。しかしながら、文字を習い始めたばかりの子どもは、まだ文字という記号がコミュニケーションの手段として定着しておらず、文字列を意味に変換する態勢ができあがっていません。「つ・く・え・の・う・え」というように、文字一つひとつの音を確かめ、それらをつなぎながら、自分の知っている話し言葉と照合し、少しずつ意味を理解していきます。文字のつながりがまとまった意味をもち、それは自分の使っている話し言葉のどれにあたるのかを学びながら、子どもは視覚でとらえた文字情報を意味に変換する態勢を脳内で整えていくわけです。

 こうした文字学習→読みの態勢づくりの初期段階において、「音読」は不可欠な作業です。音声言語しか知らない子どもが、文字言語を習得する過程において、音声での言葉の照合なくして文字の連なりである書き言葉を習得することはできないからです。

 さて、小学校2年生の秋から冬にかけて、音読による読みの態勢づくりが一段落してきます。活字の連なりを目で追いながら意味を理解する(黙読)ようになります。黙読が可能になると、子どもは今までにも増して本を読むようになります。そうして、いつの間にか黙読によってたくさんの知識を得たり、仮の体験を楽しんだりできるようになっていきます。

 しかしながら、黙読ができるようになっても、音読は重要な学習であることに変わりはありません。音声というバイアスがかかると、読みのスピードは鈍りますが、それを敢えてしていくことで読みの絶対的スピードや正確性が個人の能力として定着していくのです。読みが速くて正確なお子さんは、学習の効率が上がります。したがって、小学校低~中学年における音読練習は、学力を高いレベルで伸ばしていくうえで、非常に重要なものだと言えるでしょう。今のうちに音読を大いに励行していただきたいと思います。


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