人生の目標について考える

2009 年 9 月 14 日

 今回は、学習塾のブログらしからぬ変なタイトルで済みません。私たちの、仕事にかける情熱をお伝えすることを通じて、家庭学習研究社の学習塾としてのスタンスをご理解いただければと思って書いてみます。

 人が人生の目標について話すとき、大学生までの人間なら「どんな職業に就きたいか」「どんな仕事をしてみたいか」などについて自分の夢や構想を語ると思います。しかしながら、社会に出て何らかの職業に従事したなら、人生の目標はまた違った視点から捉え直す必要が生じてきます。

 さて、私たちのような学習塾の指導担当者にとって、人生の目標とすべきことはどんなことでしょうか。無論、答えは人それぞれでしょう。ある人は、「たくさん合格者を出すことだ」と答えるかもしれません。「子どもたちが合格して喜ぶ顔を見るときが一番幸せな気分に浸れるときです」と、答える人もいるでしょうね。進学塾で学習指導に従事する者にとって、子どもを合格に導くことは重要な職責の一つです。ですから、こういった返事が出てくるのは至極当然のことだと思います。

 しかし、私たちは少し違った考えをもっています。私たちがほんとうに仕事の目標とすべきは、もっと別なところにあるのではないかと思うのです。それは何かと言うと、学ぶということの価値をよく知った子どもを育成すること、自分で自分の力を伸ばしていく術(すべ)を身につけた子どもを育成することです。また、このような成果を保障するプロセスを通じて、子どもたちに自分という人間に自信を植えつける。それが学習塾で働く人間にとっていちばん大切な仕事だということです。

 合格者をたくさん出すこと、子どもたちに合格の喜びを味わわせることも大切です。しかし、それが成就したとしても学習塾の先生の手柄ではありません。子どもたちが努力し、自ら手に入れた合格なのです。そうでなければ、子どもたちが受験した意味はありません。

 また、合格にも、よい合格と、望ましくない合格とがあります。目先の合格のために、たくさんの大切にすべき他の要素がないがしろにされたなら、たちまち子どもたちは次の人生のステップで苦しむことになるでしょう。もしも、学習塾の先生がそんな受験にしてしまったなら、仕事に誇りをもてないのではないでしょうか。

 学習塾の指導担当者の仕事は、子どもたちが自ら学び、力をつけていくためのサポートをすることです。ですから、毎回の授業が、そういった方向で工夫されたものでなければなりません。もしも私たちの仕掛けた問いかけや方向づけが功を奏し、子どもたちが目を輝かせたり、必死になって思案したり、次々に意見が飛び交ったりする場面を演出できたなら、そのときこそ学習塾の先生としての本懐を遂げているときなのだと私たちは認識しています。すなわち、一つひとつの授業が、学習塾の先生にとって人生の目標を叶えるための時間であり、そのための舞台なのです。

 こう考えたとき、初めて私たちは学習指導に従事していることに対して誇りをもつことができます。社会の役に立っていると自負できるのです。合格はあくまでも受験の主役である子どもたちのものです。合格を学習塾が誇るのはおかしなことです。

 弊社の経営者が筆者にこんなことを言ったことがあります。

 チラシなどに載せる合格実績の数字は、極力小さくしなさい。見る人は必ず見るのだから、大きくする必要はない。空いたスペースをもっと塾の特性や方針を理解してもらうことに活かしなさい。

 弊社のチラシを御覧になった人は、ほんとうにそうなっていることに気づいておられると思います。子どもの学力形成にとって大切なことは何かを捉え、それを軸にした指導を実践する。そうすれば、自ずと子どもたちが自らの意欲と努力で合格を引き寄せることができます。人間にとって、人生の目標をもつということは何よりも大切なことですが、私たちは学習塾の仕事にそれを見出すことができたのを、何よりも幸せなことだと思っています。


カテゴリー: 家庭学習研究社の理念

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