2010 年 3 月 のアーカイブ

子どもの自発性ややる気を失わせるものは何?

2010 年 3 月 29 日 月曜日

 親なら誰しも、「わが子には、何ごとにつけ前向きに行動する人間に育ってほしい」という願望をもっています。中学受験生の親であれば、「親が言わずとも、率先して勉強に取り組むような子どもであってほしい」と、どなたも願っておられるのではないでしょうか。

 では、親はそのためにどんな配慮をすべきでしょうか。どうすればこの願いは叶うのでしょうか。それは、子どもがどういうときに自発性を発揮するかを考えればわかると思います。そう、「親に信頼されている」と感じたとき、親にほめられたときではないでしょうか。

 このブログをお読みになっているみなさんにお尋ねします。あなたはわが子を全面的に信頼しておられますか?  わが子を積極的にほめるようにしておられますか?

 親御さんとこの種の話をすると、「だって信頼してやろうにも、やるべきことをしていないんです」とおっしゃいます。しかし、「信頼してやりたいが、それは無理」と言うのでは、いつまでも子どもを信頼できないし、子どもの率先した努力を引き出すことはできません。

 また、これは以前書いたことですが、おかあさんに「もっとお子さんをほめてあげてください」と言うと、「ほめてやりたいのは山々ですが、ほめる材料がありません」と切り返されてしまいます。

 この話はどこかおかしくはないでしょうか。子どもが小学生までは、子どもは親が育てたように育っているものです。子どもが勝手に今の状態に育ったのではありません。もっと言えば、親が子どもを信頼してやらないから、ほめないから、子どもの自発性が育たなかったのではないでしょうか。こう考えると、問題の根源は親にあるように思えてきます。

 と、ここまで考えたものの、なかなかよい解決法が見つかりません。親は、子どもの自発的行動を引き出すために、自分の子育てのどこを改めるべきなのでしょうか。

 ある本に面白い記述を見つけました。以下にご紹介するのは、ユダヤ人と結婚し、多くのユダヤ人家庭を観察した日本人の女性が述べていた言葉です。

「日本人は、他の子と自分の子をいつも比べているような気がする。一方で、ユダヤ人には、自分の子どもを他人の子どもと比較する、という考えが、あまりないみたい」

 「これは、ヒントになる言葉だ」と思いました。そうです。他の子どもと比較するから、わが子の現状に満足できないのです。わが子を不満の目で見たら、信頼することなどできないし、ほめる気にもなれないでしょう。他と比較し、優劣をつけるからいけないのです。他の子どもに目を遣らず、わが子だけを見据え、そして全面的に信頼してやる。そして、ちゃんとやったときには大いにほめる。

 ある年、4年生のクラスを担当していたときのことです。一人、気がかりな女の子がいました。始めは「明るくてハキハキした子」という印象をもっていたのですが、段々と元気がなくなり、勉強ぶりに精彩を欠いてきました。心配で声をかけたところ、思わぬ展開になりました。

「どう? 最近がんばっているかな? なんだか勉強に元気がないみたいだけど」
「私には同い年のいとこがいるんだけど、同じ塾の別の教室に通っているんです。その子がよくテストでいちばんをとるんです」
「ふうん、それでおかあさんに怒られるわけか」
「ううん、怒られはしないけど、『いとこの○○君、またいちばんだったね』って、ため息をつきながら言うんです」
「そうか、優秀ないとこと比べられると辛いよね」
「私、どんなににがんばっても、あのいとこにはかなわない」

 その女の子の成績は決して悪くはありませんでした。その子なりに努力をしていたのです。ですから、他と比較せずに励ましたり、ほめたりしたなら、その子は決して自信や元気をしぼませたりすることはなかったでしょう。残念なことに、その子は5年生になってから退塾してしまいました。

 子どもは、いろいろな形で常に他と比較されます。また、子ども自身、成長とともに他者と自分を比較してみるようになります。多くの場合、それが自信喪失の原因になっています。親にとってわが子はいちばん気がかりで大切な存在ですから、他と比較せず、何よりもわが子のがんばりを応援する応援団に徹するべきではないでしょうか。
 

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カテゴリー: アドバイス, 中学受験, 子育てについて

気になる日本の親子の関係  ~その2~

2010 年 3 月 26 日 金曜日

 今日は、前回ご紹介した国際比較調査の結果について、検証してみたいと思います。また、それを受け、中学受験生の親御さんに対して何らかのアドバイスになることが見出せたなら、それを書いてみたいと思います。

 前回、次の三つの事項に対するアメリカ、トルコ、日本の中高生の回答をご紹介しました。

  1. 1.親を尊敬する
  2. 2.親のようになりたい
  3. 3.親は私に期待していると思う

 これらについて、「そうである」「かなりそうである」と答えた子どもの割合をグラフにしたところ、いずれの事項も、父親母親ともに日本が図抜けて最低数値を示していました(詳しくは、前回の記事を参照ください)。

 心理学用語に「モデリング」という言葉がありますが、小学生までの子どもは、立ち居振る舞いを始め、何につけても目の前にいる親のやることを見て学ぶと言われています。それなのに、手本たる親を尊敬することができない子ども、親のようになりたくないと思う子どもが多いのはどうしたことでしょうか。

 原因を考えるうえで、ヒントになるのは89年に実施された同様の調査の結果です。「親のようになりたい」と答えた子どもは、89年には、父親で23.8%、母親で26.4%でした。注目に値するのは父親で、12年前には5.8%も多く「父親のようになりたい」と思っていたのです。このことを踏まえると、近年の親子関係、とくに父親と子どもの関係に異変が生じているのだとみることもできるでしょう。

 ズバリ言うと、親子が接触する時間の減少、親子の会話時間の減少などが大きな要因ではないかと思います。とくに父親の場合、他のさまざまな資料などにおいても、「しつけの場にいない」「しつけを母親任せにしている」という指摘が多数あります。もっと父親は、子どもと向き合い、子どもと語り合い、子どもと生活をともにすべきではないでしょうか。そこから、親の価値観を子どもに伝える機会がたくさん生まれてくることでしょう。

 他の調査でわかったこととして、父親よりも母親のほうが子どもに対してより多く接触時間を持ち、たくさんの働きかけをしているということがありました。これについては、三つの国いずれも共通でした。しかしながら、日本だけ極端に「父親を尊敬する」「父親のようになりたい」という回答が少ないのは残念なことです。おそらくは、子どもとの接触時間や子どもへの働きかけが、日本の父親の場合、アメリカやトルコと比較して極端に少ないのではないかと思われます。

 関連する調査によると、トルコの子どもは父親を怖いと感じているそうです。それでいて、父親を尊敬する子どもが97.5%います。問題は、子どもにとって怖いかどうかではなく、いかにして子どもに接触する時間を設け、子どもとコミュニケーションを図るか。それが日本のおとうさん方の大きな課題であることは間違いありません。

 さて、三つ目の質問について。このブログを、継続的にお読みいただいているかたはご存知であろうと思いますが、「子どもが親に期待されていると思うかどうか」は、学習意欲に決定的な影響を及ぼします。子どもが精神的に自立し、親離れした中高生になると、自己目標達成に向けた意欲が学習活動を支える中心的な力となりますが、まだ親頼みで生きている小学生にとって、がんばりの源は「親から寄せられる期待」なのです。

 この「親からの期待」を感じているかどうかについても、アメリカやトルコでは父母ともに9割を超えているというのに、日本では父親が27.4%、母親が36.0%と、極端に低くなっています。

 親からの期待を感じるかどうかは、まさに親子のコミュニケーションの産物です。親が日頃から子どもと話し合う機会を積極的に設け、親が子どもに何を期待しているかを伝えるべきです。以前にも書きましたが、その期待が何か、どういうものかが、子どもの意欲の強さや継続力につながります。たとえば、親が期待するのは「テスト成績」か、「テストに臨むプロセスとしての努力」か、それによって子どものがんばりは違ってきますし、親の期待が納得できるものかどうかは、やがて親への尊敬の気持ちにも影響するようになります。

 様々な子育ての話題を掲げてきましたが、ここでも結局は親子の会話の重要性に行き着いたようですね。
 

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カテゴリー: アドバイス, 子育てについて

気になる日本の親子の関係  ~その1~

2010 年 3 月 23 日 火曜日

 3~4週間前、「親はわが子にどの程度関わっているか」「親はわが子に価値観を教えているかどうか」に関する国際比較調査の結果をご紹介しました。今回はその続きとなる資料をご紹介してみましょう。調査の内容は、「子どもが親をどう思っているか」です。

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 資料の棒グラフは、「そうである」と「かなりそうである」という回答を足したものです。

 まず「親を尊敬する」ですが、アメリカも、トルコも、ほとんど100%に近い中高生が「そうである」もしくは「かなりそうである」と答えています。一方の日本ですが、父母ともに4割前後しか尊敬されていません。

 少子化が進み、家庭で親に大切に育てられている日本の子どもたち。それなのに半数以上が親を尊敬していないとは、どういうことなのでしょうか。

「日本人の子どもは、親を尊敬するなんて照れくさくて言えないのだろう」という向きもあるかもしれません。そこで親を対象に、「子どもに尊敬されていると思うか」という質問も行われました。すると、アメリカとトルコの親は、ほとんどが「尊敬されていると思う」と答えたそうです。日本の親は、父親で32.0%、母親で24.3%でした。

 調査にあたった先生は、次のように述べておられました。

 子どもから尊敬される。それは、そんなに難しいことではない。自分の価値観を持って、それによって生き、子どもにおもねらないことである。日本の親は、若い子どもの生き方に、何か遠慮しているようなところがある。子どもとの摩擦を起こさないように、強いしつけをすることを避けようとする心理が働いているのではないか。難しい世の中ではあるが、大人は自信を取り戻して、堂々と子どもに接し、自分の生き方を子どもに示してほしい。とくに、おとうさんにはがんばってほしい。

「父(母)のようになりたい」については、アメリカとトルコの中高生は、7割近くが「なりたい」と答えています。ところが、日本は全く異なる様相を示しています。なんと、「親のようになりたい」と答えた子どもは2割前後しかいません。同じ調査は89年にも実施されましたが、当時は「父親のようになりたい」子どもは23.8%、「母親のようになりたい」子どもは26.4%いました。これと比較すると、父親の方の落ち込みがとくに気になります。

 最後に、親から子どもへの期待ですが、ここでもアメリカとトルコでは父親も母親も9割以上が「親は私に期待してくれている」と感じています。それに対し、日本は父親17.2%、母親36.0%と、極端に低い数値が出ています。この質問も89年の調査では、父親は37.4%を示しており、父親の数値が下がっているのが気になります。

 次回は、以上三つの質問結果について検証してみたいと思います。 

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カテゴリー: 子育てについて

テスト結果に惑わされない

2010 年 3 月 18 日 木曜日

 普通、どの進学塾でも学習による成果を見るために定期的にテストをします。家庭学習研究社では、4・5・6年生とも、すべて2週間に一回の割合で「マナビーテスト」と呼ばれるテストを実施しています。

 テストの結果は、点数や順位で示されます。これらを参考にして、2週間の取り組みで身についたこと、身についていなかったこと、ちゃんと勉強していたところ、勉強不足だったところを仕分けし、学力を伸ばしていくうえでの指針を得るのが、このマナビーテストの実施目的の一つです。

 同じ中学受験という目標をもつ子どもたちが一斉に参加するテストです。学んだ成果や努力の結果をもとに、受験への見通しを立てることができますから、こういうテストは進学塾には不可欠なものです。

 しかしながら、テストで示される数値や順位には魔物のような力があります。子どもの能力をまるごと突きつけられたように受け止め、過剰反応する親御さんは少なくありません。

 ある年の春。第1回のマナビーテストを返却した後、血相を変えて相談に来られたおかあさんがおられました。
「先生、どんな成績をとってくるか楽しみにしていたのに、結果は散々でした。うちの子はバカだったんです!」

 そのおかあさんのお子さんは、いくつもの学習塾の入塾試験を受けて受かっていました(おかあさんからそういう話を伺っていました)。入会手続きの際、おかあさんと少しお話しする機会があったので覚えていたのですが、お子さんよりもおかあさんの鼻息のほうが荒く、そんな様子が気になっていたご家庭でした。

 このあと、テストがどういうものかを説明し、「大切なのは、2週間どのように取り組んだ結果この成績になったのかを検証し、次の勉強に活かすことなのです」とお伝えしました。しかしながら、うろたえたおかあさんは、もはやこちらの話を聞いておられませんでした。

 「先生、うちの子は無理にでもやらせないとダメです。私が目を離すと、すぐにサボるんです。だから、こんなことに。これからは、私が家で教えることにします。でも、どう教えたらいいかわかりません。先生、教え方を教えてください」そう筆者に訴えてこられました。

 今なら、うまくおかあさんを説得することができたかもしれません。というよりも、多少おかあさんが不快になられたとしても、子どもさんにとって成果のあがる勉強になるよう強引に導いたと思います。しかし、当時は筆者も未熟で、おかあさんのすごい剣幕に気圧されてしまいました。そして、しばらくそのおかあさんのコーチを引き受けさせられてしまいました。

 結果はどうだったかと言いますと、ますます悲惨なことになってしまいました。おかあさんが家事を省みず、毎日子どもに猛特訓をしたため、ご主人は「俺の晩メシをどうしてくれるんだ!」「受験なんかやめてしまえ!」と怒鳴り始めました。子どもは自分に都合のよい方に味方します。「そうだ、そうだ。勉強なんかしなくたっていいんだ!」とやり始め、収拾がつかなくなってしまいました。

 あまりに極端な例をお伝えしたかもしれません。わが子のテスト成績は、ごく限られた学習範囲について、その理解度や学習の達成度を測るために実施するのであり、子どもの能力を判定しているわけではないのだということを、改めてご理解いただきたいのです。

 心理学の世界に「メタ認知」という言葉があります。自分の認知の状態を認知する、すなわち、自分はどこがわかっていてどこがわかっていないかを、俯瞰し検証する脳の働きを捉えた言葉です。中学受験生の子どもの学習にも、メタ認知的な要素は大変重要であり、自分の理解の度合いを客観的に見極める根拠として、テストデータを活かすことは大いに有効になってきます。

 数値が悪いときこそ、自分の弱点を教えてくれるよい機会だと受け止め、テスト結果とデータを大いに活用して欲しいものです。

 ある年、広島の男子私学の最高峰をされる中学校に合格したお子さんが、「僕、マナビーテストの算数で零点をとったことがあるんだ。そんな僕でも合格できた。みんなあきらめる必要なんてないんだよ」と、後輩たちによい言葉を残してくれました。その通り。悪いテスト結果こそ、最良の薬であり宝の山なのです。

 データに惑わされず、データを最良の薬にし、メタ認知的な思考を働かせて自分の状況を少しずつ改善する。それが、進学塾でのテストの活かし方の基本であろうと思います。 

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カテゴリー: 中学受験, 勉強の仕方, 家庭での教育, 家庭学習研究社の特徴, 家庭学習研究社の理念

“リビング学習”は日本人家庭に向いている?

2010 年 3 月 15 日 月曜日

 子どもの家庭勉強の場所は、どこがふさわしいでしょうか。おたくでは、お子さんは毎日どこで勉強されていますか?  最近、テレビを見ていたら、“リビング学習のすすめ”といったようなタイトル字幕が映しだされ、「リビングルームで子どもに勉強させましょう」などという呼びかけが流れているのを耳にしました。何かの宣伝なのか、テレビ番組の特集なのかはわかりません。

「子どもの勉強は個室ではなく、リビングやお茶の間などのような、親から見えるところでさせたほうがよい」などということは、ずいぶん前から言われています。特に小学校の低学年から中学年までの子どもは、親が見ていてくれたり、励ましてくれたり、誉めてくれたりすることがおおいに励みになります。時間を置いてから誉められるよりも、がんばっている今そのときに声をかけられたほうが、子どもはうれしいのです。

 昔と違い、わが国でも最近は洋風の作りの家がほとんどです。また、マンションにお住まいのかたもたくさんいらっしゃいます。そういうご家庭のほとんどは、LDKと個室で成り立っており、食事や団欒の時間以外、お子さんは個室で過ごすことが多いのではないかと思います。

 そういう家で子どものなすがままにさせてしまうと、大きくなるにしたがって個室にこもる時間が増え、自分の好きなことばかりに時間を費やすようになりがちです。まかり間違って、子どもの部屋にテレビなどを置いてしまうと、まず勉強など目もくれなくなってしまいます。そこで、「子どもが思春期になるまでは個室を与えるな」と言う人は少なくありません。

 ある脳科学者の著作に、このLDK式の家屋が日本人家庭に合うかどうかに関する著述がありました。それを読んでみると、やはり個室は日本家庭の子育てにはまずい面が多いといった趣旨のことが書かれていました。以下は、その本に書かれていたことをかいつまんで説明したものです。

 個室で子どもが時間を多く過ごすと、仮に勉強をしたとしても社会性が育たないし、人間関係は学べない。そうなると、自我や社会性を司る前頭連合野が成熟できない。だから、小学生に個室を与えるのは好ましくない。私たち(モンゴロイド)は、子どもと密着したつながりを大事にすることで、時間をかけてゆっくりと育てる方法を選んで進化してきた。子どもに個室を与えるのは、それに逆行する行為に他ならない。

 欧米人(コーカソイド)は、モンゴロイドよりも、もともと自立心が旺盛であるという特徴をもつ。欧米には、赤ん坊のころから子どもを子ども部屋で寝かせる習慣があるが、親と別々で寝るから自立心が育つのではなく、子ども自体が自立しようとする傾向をもっているから、それが可能なだけだ。個室を与えることで自立が促進されているわけではない。

 この本の著者が、アメリカの知人の家を訪れたとき、その家では全員がリビングにいて、子どもも大人と同じように来客者に挨拶をし、あとはそのままリビングで過ごしていたそうです。親も、「自分の部屋にいなさい」などとは言いません。それでいて、子どもは大人の話には加わらず、子どもたちだけで遊んでいたそうです。

 こういう家庭はどうやら成功例らしく、アメリカの家庭でも子どもを個室で自由に過ごさせることがマイナス作用を起こし、子育てに失敗するケースが多いそうです。親子の対話が必要なのは、いずれの国でも同じなのですね。最近では、アメリカでも「リビングを広くとって家族といっしょに過ごす時間を増やそう」などと言われているということが紹介されていました。

 以上から、ただ「リビングで勉強したほうが学習成果の面でよい」ということだけでなく、子どもと親が近くにいて、コミュニケーションをいつでもとれる状態で過ごすことが、日本人の子育ての歴史に符合するもので、子どもの成長にとっても望ましいということのようです。

 余談ですが、何年か前、東京大学の学生に「子どものころどこで勉強したか」という調査をしたところ、一番多かった答えが「茶の間やリビング」だったそうです。

 小学生のお子さん、特に低~中学年のお子さんをおもちのご家庭にとってこの話は参考になることと思います。親子が同じ空間で過ごす。子どもが勉強しているときには、テレビなどはなるべく消して環境を落ち着いた雰囲気に整えてやる。そして、ときどき声をかけてやり、がんばっているようならタイミングよくほめてやる。

 どうでしょう。「それなら、今のわが家の環境と同じだ」というかたも多いことでしょう。「今の状態でいいんだ」と、自信をもって続けてください。

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カテゴリー: 勉強の仕方, 子どもの発達, 子育てについて, 家庭での教育