2014 年 9 月 のアーカイブ

男子の読書と女子の読書の違い

2014 年 9 月 29 日 月曜日

 いつだったか、男の子と女の子の違いについて若干ふれたことがあると思います。以後、男女の性差に関する本をあたっていると、ちょっと興味を惹かれる本に出合いました。男の子と女の子の読書の違いについて書かれた箇所にが目が留まったのです。著者はレナード・サックス氏(医者・心理学者)です。

 ただし、こうした性差に関する本のなかには科学的根拠に欠けるものや思い込みや誤りに基づくものもあるようです。一応読み通してみたのですが、きちんとした裏付けのもとに書かれた本であり、内容的にも参考になると思いましたので、ご紹介することにしました。

 ある研究によると、「10代の女の子では、ネガティブな感情と結びついた脳の活動は、言語を理解し生み出すのに使われるのと同じ部位、つまり大脳皮質に集中している」そうです。一方、「10代の男の子では、ネガティブな感情と結びついた脳の活動は、扁桃体に集中している」そうです。扁桃体は、脳の古い部分にあり、大脳皮質(脳の高次機能を受けもつ)と直接的なつながりはないと言われます。

 ここで注目したいのは、「大脳皮質」は主として言語的情報を扱う部位であり、「扁桃体」は感情に関わる部位だということです。このことは、男女の学びの様相を大きく異なるものにするでしょう。前述のサックス氏によると、「『もし………たら、どう感じますか?』という形の質問は、ほとんどの男の子にはあまり効果がない」そうです。なぜなら、この問いに答えるには、扁桃体の感情に関わる情報と大脳皮質で扱う言語的情報とを連携させなければならないからです。男の子をおもちのかたは覚えがありませんか? 男の子は、感情に強いインパクトを受けたとき、口数が少なくなると言います。

 感情と言語が結びついた女の子と、感情と言語の連動性が希薄な男子との違いは、読書傾向の違いにも反映されます。

 ここまでお読みになって、「だから女の子は、繊細な心理描写を描いた作品や、心の葛藤を描いたような話を好んで読むんだな」と、合点がいったかたもおられるでしょう。男子はどうかというと、冒険ものや、実際に起こったできごと、もしくはそう思わせるようなリアルでドキドキするような話が好きです。こうした男女の好みの差について、著者のサックス氏は次のように説明しておられます。

 女の子はたいていフィクションを好む。――短い話でも小説でも。だが男の子はノンフィクションを選ぶことが多い。戦争や冒険など実際にあった出来事や、宇宙船や爆弾や火山といったものの仕組みを図解入りで説明した本などだ。20141006

 「女の子は、登場人物の動機や行動を分析できるような本を好む傾向があります。男の子はアクションが好きですね」ニューヨーク州ルイス郡の教師、ヴィクトリア・エアハートはそう語る。「女の子と男の子では、興味をもつ読み物がちがっている」シカゴのロヨラ大学の教育学教授、ジュディ・ヘインも同意見だ。「女の子が好きなのは、登場人物がひと夏にどんな経験をするか、どんな苦悩を味わうかといったタイプの話。男の子が好きなのは、男性が主人公の、血わき肉躍るタイプの話だ」「男の子がほんとうに共感するのは、戦争やさまざまな苦闘を描いた話です」ともエアハートはいう。「男の子は人生を戦いとみているので、戦争の話は彼らのそうした性質に訴えるのでしょう」

 こうした男女の違いを踏まえ、子どもたちが喜んで手にするような本を上手に差し向けたら読書活動はより活発になるでしょう。しかしながら問題もあります。

 たとえば、男の子にも女の子にも勧めたいような本が少ないという現実があります。また、子ども向けのノンフィクションを扱った本はごくわずかです。あってもあまり売れないので、すぐに絶版になるのだそうです。こうした状況は、日本でも同じではないでしょうか。 

 また、アメリカのある州の小学校低学年向けの本の少なくとも8割は、「女の子向けのフィクション」だとか。その理由は、女の子向けのフィクションが最良の本だからというわけではなく、本を選定する立場にある学校の先生の9割以上が女性であり、それらの先生にとって女の子向けのフィクションが魅力的に映るからです。

 こうしてみると、児童向け図書の多くが女子児童には歓迎されやすいフィクションであり、男子児童の好むノンフィクションものが少ないという現実があるようです。無論、フィクションを好む男の子もいますが、そういう男の子は精神年齢が高いのが普通です。そのレベルに漕ぎつけるまでの読書体験として、ちょうどよい本をいかに見つけ出すかが、その後の男の子の読書活動に多分に影響するでしょう。

 筆者はかつて4~6年生向けの児童図書を紹介するため、毎週の日曜日は大概図書館に通ったり、在庫数の多い書店をのぞいたりしたものです。そのときも、圧倒的多数を占めていたのは女性作家による創作児童文学でした。そういった類の本のなかにも「これはいいな」と思う本がたくさんあり、ずいぶん紹介したものです。

 しかし、ノンフィクションものはほんの僅かであり、また伝記や図鑑などの本もあまり豊富ではありませんでした。男子が本を女子ほど読まないことの原因はいろいろあるでしょうが、男子が読みたがる本が出回っていないということもその一つなのだと、今改めて思います。

 秋が次第に深まってきました。どうでしょう? たまには親子で図書館に出かけてみませんか? さすがに家庭とは比べ物にならないほどの蔵書がありますから、丁寧に探せば男の子が興味をもつような本も見つかると思います。また、親の目に留まらないタイプの本を子どもが自分で見つけ出すこともあります。ぜひ一度試してみてはいかがでしょうか。

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カテゴリー: アドバイス, 子どもの発達

読書シーズンの到来に向けて

2014 年 9 月 22 日 月曜日

20140922aa 秋の深まりとともに、暑からず寒からずのしのぎやすい毎日が訪れています。勉強をするにも、スポーツをするにも、今からしばらくの時期が一番よい気候条件が続きます。そう言えば、「天高く、馬肥ゆる秋」などという言葉があるように、「食欲の秋」でもあります。秋は、人間の活動全般に向いた季節なのでしょう。

 ただし、「~の秋」という表現で、多くのかたが真っ先に頭に浮かべるのは、「読書の秋」ではないでしょうか。日頃本を読む習慣のある人にとって、秋は時間さえ許せばずっと本を読んでいたくなるくらいの気分になる季節でもあります。

 というわけで、今回は読書に関する話題を取り上げてみました。読書をなぜするのかというと、答えは人さまざまであろうと思います。大人なら、「仕事で必要だから」「情報収集のため」「専門性を高めるため」など、実利的な目的も大きなウェートを占めるでしょう。しかし、小学生の子どもなら純粋にエンターテインメント目的で構わないと思います。本の描く世界に引き込まれ、無我夢中で楽しむ読書の体験は、一人ひとりの内面の成長に多大な寄与をしてくれるのですから。理屈など必要ありません。

 ただし、小学生時代の読書体験は、大人の読書とは明らかに違った効能をもたらせてくれます。その代表的なものが、「ワーキングメモリの発達」です。ワーキングメモリは、日本語で「作業記憶」、「作動記憶」と呼ばれるように、記憶に関わる脳の機能をとらえた言葉です。

 人間は日常生活を円滑に営むにあたり、記憶を一次的に保持したりまとめたり、不要になった記憶を捨て去ったりすることを絶え間なく行っています。こうした、脳内の情報処理を行うための‟メモ帳”のような役割を担っているのがワーキングメモリです。専門書によると、「(ワーキングメモリは、)目標志向的な課題や作業の遂行に関わるアクティブな短期性記憶である」とありました。このワーキングメモリは、脳の前頭前野が担っていると言われています。

 20140922bbおかあさんがたに身近な例をあげてみましょう。夕方、台所で食事の支度をしているときを思い浮かべてください。たとえば、料理の具材を包丁で刻みながら、電気がまのスイッチを何時に入れるかを忘れないよう心に留めます。また、鍋でお湯を沸かしながら、具材を入れるタイミングを見計らいます。焼き物の準備も同時並行して行います。そうした作業の合間に、洗濯物を手早く取り入れます。さらには、車で子どもを駅まで迎えに行く時間を間違えないよう意識に留めておきます。これで少しわかりやすくなったでしょうか。何かの目的を遂行するために、一時的に記憶を出し入れしたり、処理したりする働きがワーキングメモリです。

 実際、ワーキングメモリは日常生活のあらゆる場面でめまぐるしく働いています。算数の計算処理も、読書活動も、ワーキングメモリの働きなしには成立しません。

 では、そろそろ子どもの読書活動とワーキングメモリの関わりについて話を進めてまいりましょう。以下は、日本のワーキングメモリ研究の第一人者である京都大学の苧坂(おさか)直行氏の文献を引用したものです。一般向けに書かれているので、どなたにもわかりやすいのではないかと思います。

 「読書」は、ワーキングメモリの働きを最大限に活用する脳の働きです。文脈を辿りながら、必要な情報を取捨して頭に残し、新たな情報を加えながら次々に同じことを繰り返します。そして、読み終えた段階で、全体の印象、心に強く残った事柄、部分的に心に留めている事柄等が記憶として取り出されます。読んだ人の処理能力が違えば、当然記憶されている内容の正確さや量などにも個人差が生じます。そして、「読み」のワーキングメモリの処理能力でもう一つ重要なことがあります。どれくらいのスピードで文章を読み、情報を処理できるかということ。

 「読み」の情報処理能力を鍛え、ワーキングメモリの働きを高めておくことは、その人間の知的キャパシティの一側面を決定づけますから、子どものうちにこうした能力を鍛えておきたいものですね。「読書」を楽しむということは、楽しみながらワーキングメモリを鍛えることになります。子どもさんには、理屈抜きに「読書」を楽しんでもらいたいですね。

 読書をしているとき、子どもには「ワーキングメモリを鍛える訓練をしているのだ」という意識は全く無用です。ただひたすら物語の世界に入り込み、主人公になりきって追体験をしていけばいいのです。そうした読書活動の繰り返しを通じて、子どもは知らず知らずのうちにワーキングメモリの働きを鍛えているのです。

 長い文章を一気に読み通す体験は、それ自体を目的化してしまうと辛い拷問のようなものになってしまいます。しかし、読書のよいところは、我を忘れて楽しめるということです。脳の発達途上の子どもの読書は、「我知らず、脳の機能を成長させている」ということなのですね。

 遊びのなかにも、ワーキングメモリの発達に寄与するものがあります。たとえば、トランプの"神経衰弱"などがよい例になるでしょう。「どこにハートの11があったか」「どこにスペードの5があったか」などの記憶を脳に保持しておきながら、次にめくって出てきたカードの種類や数字を確認して、自らの記憶と照合していきます。これもワーキングメモリの働きに他なりません。

 なお、テクノロジーの進歩に伴い、人間のワーキングメモリの退化が心配されつつあります。先ほど、ワーキングメモリは”脳のメモ帳”のようなものだとお伝えしましたが、近年は携帯電話のメモ帳などのように人間の記憶の出し入れを機械が代わりにしてくれます。その結果、生活がどんどん便利になることと引き換えに、人間が脳を稼働させることで維持してきた大切な能力を、知らず知らずのうちに失っていくのではないかという懸念が現実のものになりつつあるのです。

 ワーキングメモリは、人間としての”生きる力”と言える不可欠の能力です。機械文明の進歩を、ただ諸手を挙げて歓迎するわけにはいかない面もあるのですね。

 さて、お宅のお子さんの読書活動はどんな具合でしょうか。ここまでお伝えした事柄からおわかりになったかと思いますが、読書は子どもにとって単なる楽しみにとどまらず、ワーキングメモリの働きを強化する営みに他なりません。言わば、「知的人生を送るための土台づくり」にもなっているわけです。

 さあ、読書の秋を満喫しましょう!

●おまけ
 ワーキングメモリがどんなものかを実際に体験してみませんか? 以下は、苧坂直行氏の著書から引用しました。

 次の4つの文を一つずつ、ふつうの速さで「音読」してください。同時に、下線の引いてある単語を覚えるよう、努力してください。一つ目を音読したら、直ちに二つめに移ります。止まったり、もどったり、黙読したりしてはいけません。

電車に乗り遅れたので、友人に車で送ってもらった。
・彼はぶっきらぼうだが、はいいやつだ。
・公園で昼寝をしていたら、大きなハチに刺された。
・その子どもは目を丸くして、わからないという表情をした。

 ワーキングメモリは、厳しい容量限定的性質をもっています。たとえばAさんの「読み」のワーキングメモリの容量が仮に10であるとします。音読の「読み」の処理に使われる容量を5だとすると、残り5の容量のワーキングメモリで単語を覚えて想起(報告)しなければなりません。音読することで、なかば強制的に「読み」の情報処理のワーキングメモリを消費させます。したがって、黙読したのでは、意味がありません。やってみてください。残りのどれくらい余力があるかで、4つの言葉が無事に取り出せるかどうかはっきりします。意外に難しいことを実感されると思います。
(京都大学 苧坂直行氏の文献より)

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カテゴリー: アドバイス, 学問について, 家庭での教育

自制心と学力の相関関係

2014 年 9 月 15 日 月曜日

 学力を伸ばすには、ただ才能に恵まれているだけではだめで、適切な学習環境が与えられるかどうか、成果につながる学習活動が営まれるかどうかも大いに関与してきます。

 このブログにおいても、そうした観点から「学習習慣」「学習意欲」「学習方法」など、学習の成果を決定づける重要な要素を取り上げ、それらが果たす役割についてご説明してきました。

 今回は、「自制心が学力形成にどう関与するか」ということを話題に取り上げてみました。「自制心」は、「我慢」という言葉に置き換えることも可能ですが、このほうが実際場面に照らして考えやすいかもしれません。では、「我慢」することと、学力形成にどんな関係があるのでしょうか。家庭のしつけ・教育と密接に関わる話題ですので、やや硬い話題ですが敢えて取り上げてみました。

20140915a ずいぶん前のことですが、ある心理学者(米国)が「子どもにほうびを我慢できる能力が備わっているかどうかを実験によって調べました。実験の対象は保育園の園児たちでした(ほとんどの園児は、しつけの行き届いた富裕家庭の子ども)。子どもを一人ずつ部屋に入れ、お菓子やおもちゃなど子どもの好きなものを一つ部屋に置き、ほしくなったときにベルを押して品物をもらうか、最後まで待って品物をもらうかのどちらかを選択させました。

 この実験のミソは、最後まで待ったら同じものを二つもらえることを子どもに伝えておいたという点にありました(たとえば、ベルを鳴らしたらクッキー1枚、最後まで我慢したらクッキー2枚といった具合です)。この実験の趣旨は、「どれだけ欲求を抑えて我慢できるか」というもので、長く我慢できる子どもほど「満足遅延」の能力が高いとみなされます。

 さて、実験を行った心理学者は10年後、子どもたちがどのような高校生になっているかを調べました。親にどのような生徒であるかを報告してもらったのですが、満足遅延の能力が高かった(ほしいものを手にするまで長く我慢できた)子どもほど、集中力に富み、計画性があり、困難な状況に強く、ストレス耐性が高い高校生に成長しているということがわかりました。なお、学者によっては「満足遅延の能力が学力形成に寄与するのではなく、生まれつきの才能や環境的理由で10代になってから学力が伸びたのだ」という見解を示しているようですが、自制の能力が勉学をはじめ様々な知的活動にプラスの作用を果たすことは、少なくとも間違いないと言えるでしょう。

 同時に、子どものこうした特徴と学力には高い相関があることも判明しました。園児の頃、満足遅延の能力が高かった子どもほど、SAT(大学進学適性試験)で高いスコアを得ていたのです。たとえば、ベルを鳴らさずに待てた時間と、SATにおける語学スコアとの相関は0.42、数学のスコアとの相関が0.57でした。これはかなり高い相関を示していると言えるでしょう(参考:完全に正の相関がある場合が1、全く関係がない場合が0)。

 このことから推し量れるのは、より大きな満足のために自分の目先の欲求をコントロールできるようになった子どもは、年齢が上がってからも自分の達成したい目的のために努力を惜しまない人間に成長できるということです。

 SATのスコアと、いわゆる知能指数との間には、高い相関があると言われています。しかし、実験の結果わかったように、学力を決定づけるのは天賦の才だけではなく、自分のほしいものを手に入れるために我慢するなどの「動機づけ」も、大きな作用を果たしているようです。

 さて、ここまで読んで、「じゃ、どうやって自制心の強い子に育てればいいのか?」ということに興味をもたれたかたもおられるかもしれませんね。ここまでの記事は、アメリカの心理学者リチャード・E・ニスベット氏の著述を簡単にまとめたものですが、氏がこの点に言及している箇所がありますのでご紹介してみましょう。

 残念ながら、子どもの自制心を高める方法がわかっていると自信をもって言うことはできないが、研究によっていくつかの手がかりは得られている。出来に関係なく自分に報酬を与える大人を見た子供は、自分もそうすることがわかっている。出来のよかったときにだけ自分に報酬を与える大人を見ると、子どももそうする。

 またある学者は、すぐに菓子に手をつけずに、より大きな褒美を待つよう子供を仕向けるこつを、いくつか見つけた。褒美のことではなく、「楽しいことを考える」ようにさせると、子どもは長く待つことができた。褒美を遠くに置いて視線から外させても、長く待つようになった。こうしたヒントが実験室での彼らの実験以外でも一般的に通用するかどうかはわからないが、おそらく通用するだろう。また子供の我慢を励ますような機会を親が探し、とくにどのように我慢すればいいかを親がアドバイスすれば、効果があるかもしれない。親が満足遅延の手本になろうとしてもよいかもしれない。

 上記の実験を行った学者は、「子どもは、観察した親と同じようにふるまう」ということを発見しました。たとえば、一部の子どもには、後でより大きな報酬をもらう代わりに、すぐに報酬をもらう大人の様子を見せました。その大人はこう言いました。「気づいただろうが、私はその場で手に入れるのが好きだ。人生でも、待ちすぎると、ほんとうの生き方をする時間がなくなるんだ」と。 満足遅延の能力を備えた子どもでも、このような手本を見ると、その後はほとんどの場合すぐにほうびに手を出したと報告されています。

 ここまで読まれたかたの大半は、しつけ・教育の重要性を改めて痛感されたのではないでしょうか。これまでに何度も書きましたが、小学生までの子どもはまだ行動規範がしっかりと身についていません。悪い見本を見ると、すぐ真似をしてしまいます。子どもに我慢する心を身につけてほしいなら、親は我慢する姿勢を子どもに手本として示すことが大切なんだということを、改めて思い知らされます。

 また、「楽しいことを考えさせる」ことが満足遅延を機能させるコツになるというのも、参考になるかもしれません。受験生活においても、楽しいことをうまく織り交ぜるよう工夫をすれば、子どもも気持ちにゆとりをもつことができ、もっと頑張れるのではないかと思います。

 目先の小さな喜びより、我慢や辛抱をしてより大きな喜びを得ることのほうを選択する。それを教えるチャンスは、小学生までなら日常生活の様々な場面でたくさん見出せるのではないでしょうか。また、家族それぞれが手にしたい目標を話し合って掲げ、それが実現するまで励まし合うというのも一つの方法かもしれません。20140915B

 中学受験をすることの意義は、こうした親の配慮やサポートを通して、子どもの人間形成の場として活かせるということにもあるでしょう。受験での合格も重要なことではありますが、受験のプロセスで自己抑制、自己コントロールの姿勢を身につけたなら、先々の人生においては合格したことよりもむしろこちらのほうが自分の支えになってくれることでしょう。中学受験を視野に入れておられるおとうさんおかあさんが、こういった観点からもお子さんを見守り応援されれば、受験の経験がより生きてくるのではないかと思います。

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カテゴリー: アドバイス, 勉強について, 子どもの発達, 子育てについて, 家庭での教育

子どもへの怒りをどうするか

2014 年 9 月 8 日 月曜日

 今回のテーマは、このブログをお読みいただいているような教育熱心なかたには無用かもしれません。「子どもに対して怒りを感じるなんてありえない」と思われるかもしれません。もしそういうかたがおられたなら、今回の記事はパスしていただいて構いません。

 ただし、これは筆者の経験ですが、「愛するがゆえに、わが子に対して大きな期待を抱いているがゆえに、子どもの現実を寛容の目で見られない」ということがあるものです。そして、場合によっては思わぬ暴言を子どもに向けてしまうこともあるでしょう。そんなとき、後悔しない親はおそらくいないでしょう。人知れず、凹んでしまった経験をおもちではありませんか?

 子どもが思うようにやってくれないとき、親は注意したり叱ったりします。そのとき、すぐに子どもが応じてくれればいいのですが、強い反発を受けることもあります。そんなとき、欧米の親はさらに断固たる姿勢で臨むケースが多いようですが、日本の親がこれをやると親自身がダメージを受けてしまいます。それが嫌で引いてしまうと、今度は子ども自身がブレーキの利かない人間に育ってしまいかねません。これもまた親にとっては辛いものです。

 言うことを聞かない子どもに怒りをぶつけるとき、「子どもを木端微塵に粉砕するぐらいの叱りかたをしないとダメだ」と、欧米の親は思っているのかと思いきや、日本の親とそんなに違わないのだということに最近気づかされました。

 というのは、図書館で心理学系の本のコーナーで本探しをしていると、結構「怒りのコントロール」に関する本を見かけるのです。そして、そういった本の大半は欧米の研究者や教育関係者が書いたものでした。そこで、試しに1冊借りてみました。今回は、その本に書かれていることで、日本の親に参考になりそうな著述をピックアップしてご紹介してみようと思います。

1.親の怒りは子どもにどんな影響を与えるか20140908_b
 親が子どもを怒鳴りつけて激しい怒りを向けると、子どもの自己意識がゆがめられます。「自分はよい人間ではない」と感じ、おびえるとともに孤独にさいなまれるようになります。ある研究によると、親が子どもを怒鳴りつけ、おどし、殴ることが多ければ多いほど、感情面での支える力が相対的に弱まることがわかりました。親が子どもに対して怒りを示せば示すほど、その子どもは、発達のために必要なあらゆる育みと励ましが受け取れなくなっていくのです。

2.親の怒りや攻撃性と子どもの共感能力の関係20140908c
 よく怒り子どもに罰を与える母親の子どもは、あまり怒りを爆発させない母親の子どもと比べて、怒りっぽく、反抗的で、言うことを聞かない傾向にあることがわかりました。また、頻繁に母親に怒られている幼児は、誰かが悲しんでいるのを見かけたときにも、共感的な反応を示さないことが多い、という観察もされています。
 子どもがやさしくなるためには、まず、子ども自身がやさしく扱われなければなりません。ほかの人に思いやりをもたせようと思えば、その子どもの感情とニーズに対して、大人の側も思いやりをもって接してあげなければならないのです。

20140908d3.親の怒りと子どもの問題適応能力
 親と子が意見の違いで怒りをぶつけあうことと、思春期の子どもの適応の程度についての研究結果が報告されています。テレビの見方や宿題といった44種類の特定の問題について、親と子で意見が違ったときについて調査し、母親、父親、思春期の子どもたちに、そのつどどれ程怒りを感じたかを自己評価してもらいました。それから、子どもの適応について、学校での成績、対人的能力、行動化、抑うつ感、GPA(学業平均値)などのカテゴリーで測定しました。
 結果は、これらのカテゴリーのすべてにおいて、親子が互いに怒りをぶつけあう口論が多ければ多いほど、適応レベルが低くなることがわかりました。さらに、同じ問題について、冷静に話し合った回数が多ければ多いほど、それぞれのカテゴリーにおける適応レベルが高くなっていました。

 いかがでしょう。これらの研究の結果は、子育て中の日本の親にも十分に参考になるのではないでしょうか。子どもに激しい怒りを覚えるようなことはないにしても、ついかっとなる場面は少なくありません。しかし、感情をあらわにして子どもとやり合うことは、子どもを健全な心のもち主に育てるうえで大きな妨げになるのです。

 さて、子どもに怒りをぶつける親がいる一方、そうした親子の軋轢をうまく回避している親もいます。何か心のコントロールのコツがあるのでしょうか。ある研究によると、「子どもに対して怒りを感じることが少ない親は、よく怒る親に比べて、対処思考をより頻繁に使う傾向があることがわかったそうです。次にご紹介する7つの対処思考は、どなたにも参考になるのではないかと思います。

20140908a

 以上のうち、1、2、4は、子どもの年齢や気質を踏まえて「これぐらいはよくあること、ふつうのことだ」ととらえ、冷静になることを自分に促しています。3、7は、プラス思考で自分自身を励まして乗り切ろうとしています。5、6は、子どもがほかの選択肢をもっていないのだと理解し、寛容の気持ちで接するように自分を促しています。

 どうでしょう。一番まずいのは、親が冷静さを失うことです。7つの思考法は、それを上手に防ぐためのマインドコントロールのしかたを教えてくれているように思います。

 今回の記事は、マシュー・マッケイ氏の著作「怒りのセルフコントロール」をもとに書きましたが、氏は「親であるというのは、他のどんな職業や人間関係よりも、忍耐力と柔軟性と我慢強さが試されるものなのです」と述べておられます。この言葉には全く同感です。子育ての最中におられるおかあさんがたには、この三つの要素を忘れないよう胸に留めてがんばっていただきたいと思います。

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「勉強しなさい!」は逆効果?

2014 年 9 月 1 日 月曜日

 「わが子には、高いレベルの学力のもち主になってほしい」――これは、多くの親の願いであろうと思います。そこで、大概の親は「どうやったら子どもの学力が伸びるか」に関する情報を探したり、いろいろと試みたりされていることでしょう。

 どの中学、高校、大学に入るかが、子どもの人生に決定的な作用を果たすとは限りません。しかしながら、世間的評価が定まっている学校に進学すれば、ある程度の見通しを立てることはできます。たとえば、東京大学のような難関大学に進学した学生が、子どものころどういう教育環境で育っているのかがわかるような資料があれば、知育に熱心な保護者の方々にとって大いに参考になることでしょう。

 実際、筆者もそういった類のものをこれまで何度か目にしたことがあります。今回は、その中からわかりやすく参考になりそうなものをピックアップしてご紹介してみようと思います。いずれも1冊の本のなかで紹介されていたものです。

 まず、「子どもが家庭で勉強するときの場所」としては、どこがふさわしいでしょうか。東京大学の学生約千名を対象にした調査によると、一番多かったのは「リビング」で、48.6%を占めていました。続いて多いのが「子ども部屋」で31.4%、その次が「台所」で9.1%、「おとうさんの書斎」2.3%、「その他」3.3%となっていました。

 お宅ではどうされているでしょうか。子どもの勉強のために特別な部屋は必要ではなく、むしろ親が様子を見ていつでも声をかけられる場所のほうが、小学生にとっては安心して学べるし、学習の習慣づけという観点からも効果があるようです。親に見守られるとやる気になるというのは、小学生までの子どもならではの効果と言えるかもしれませんね。

 以前、「リビング学習」をお勧めする記事を書いたことがあります(いまだに多くのかたが読んでくださっています)が、やはりこの調査結果を見てもリビングで学習することは成果につながるようです。小学生には、リビング学習を!

 子どもが知的なものを志向する人間に育つかどうかに関係することとして、「家庭内にどんなものが備えられているか」ということがあります。さて、東京大学に進学するような知的レベルの高い学生の家庭はどうだったのでしょう。「子どものころの身の回りにあったもの、環境」を尋ねたところ、次のような回答があったそうです。

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 この調査においても、自分専用の勉強部屋を与えられていた学生はさほど多くないことがわかります。「時計」が多いのは、家庭内にあったものとして思い出すものとしては当然かもしれません。ただし、アナログの時計に早くからなじんでおくことと、算数の能力にはかなり相関があるようです。ですから、高い学力が身につくことと無関係ではなさそうです。

 次に多いのが「勉強机」ですが、中学受験をわが子にさせるような家庭では大概子どもの勉強机が用意されていると思います。よって、これは「必要条件」の一つとしてとらえるべきでしょう。

 そのほかで目につくのは、「おもちゃ箱」、「国語辞典」、「百科事典」、「地球儀」、「楽器」、「生き物」、「地図」などですが、いずれも子どもの興味を刺激するものという共通点があります。親が、これらについて話題にし、子どもが興味をもつようならさまざまなことを教えてやる。そういったことを通じて、子どもが知的好奇心を養い、ものを知るということに熱心な人間に育つ。そういった効果があるのは頷けることです。

 なお、「テレビゲーム」と答えている学生が26.1%います。これは「与えると勉強ができる子どもになる」ということよりも、テレビゲームは現代の子どもに深く浸透しており、東京大学へ進学するような優秀な子どもも一定数はテレビゲームに興じていたというふうに理解すべきであろうと思います。ポイントは、息抜きとして活用する範囲に留めるということではないでしょうか。

 このブログで何回も取り上げている「家族揃っての食事」の重要性ですが、ただ家族そろって食べるのならどんな状況でも子どもにとって好ましいというわけではありません。以前書いたとおり、「家族で楽しい会話を交わしながら食事をする」ということが子どもの成長にとって望ましいと言われています。東大生の子どもの頃の食事風景はどのようなものだったのでしょうか。筆者が拝見した資料では、朝食と夕食に分けて調査した結果がまとめられていました。

 それによると、朝食で一番多かったのが「家族で会話をしながら(58.4%)」、次が「テレビを見ながら(40.4%)」、以下、「家族で黙って(13.6%)」「お父さんが新聞を読みながら(11.1%)」「音楽・ラジオをかけながら(2.7%)」の順でした。夕食で一番多かったのも「家族で会話をしながら68.1%)で、以下、「テレビを見ながら(41.4%)」「家族で黙って(11.1%)」「音楽・ラジオをかけながら(3.6%)」の順でした。

 どうでしょう。家族で会話をしながら食事をとっていた家庭が多いのは頷けますが、意外とテレビなどをつけながら食事をする家庭が多いことに驚かれたでしょうか。この資料を掲載していた本には、「東大脳ホルダーの家庭だからといって、ことさら厳格であったり、特殊なルールがあったりするわけではありません。普通の家庭と変わらない光景が広がっています」とありました。さらに、次のような解説が加えられていました。

 「会話」は、子どもの脳を刺激するのに非常に効果的です。テレビを観るという行為は非常に受動的で、脳も限られたごく一部の部位しか働いていないことが脳の研究でわかっています。ところが、生きた人間との会話のやりとりになると、人間の脳のあちこちの部位、特に判断力や記憶力、創造性を司る「前頭葉」が非常に活発に動き出すのです。

 いかに家庭の食事を楽しくにぎやかに、そして、自然に脳がいろいろな刺激を受けてしまうようにできるか、どうやらこのあたりが、東大脳ホルダーの家庭とそうでない家庭を分かつひとつのポイントになりそうです。

 最後に、「子どもに勉強させようとしたときどんな言い方をするか?」という質問に対する回答の結果をご紹介しましょう。

20140902b

 これを見ると、「勉強しなさい」と指示や命令をしている親は少数派です。一番多いのは、「『勉強しろ』とは言わない」という回答で、67.5にのぼります。多くの保護者がご存知のように、「勉強しろ」と言わないで子どもを勉強に向かわせる方法というのは非常に難しいものです。子どもを東大へ進学させる親は、こうした点で成功しておられるようです。

 では、具体的には親としてどういうスタンスで子どもを育てれば命令、指示、叱責などに頼ることなく子どもを勉強に向かわせることができるのでしょうか。これに対する明確な答えは残念ながらありません。実は、この部分を掘り下げて考えることこそ、親に求められるのであろうと思います。

 他の資料を拝見すると、東大生の親の子育ての基本スタンスは、「放任スタンス」が40.7%、次が「ほめるスタンス」で19.6%、その次が「諭して叱るスタンス」で19.4%、その次が「怒鳴るスタンス」で12.5%、その次が「細かく指導するスタンス」で7.3%でした。

 放任という言葉が用いられていますが、これは「子どもをほったらかしにして無関心でいる」ということではなく、「親の考えを日頃からしっかりと伝え、何事も子ども自身に考えてやらせ、親は少々のことでは介入しない」ということのようです。また、「子どものやることに対して、否定的な見かたをしない」ということが、放任スタンスの親の特徴だと説明されていました。

 多くの親は途中で子どもに介入し、いろいろ小言を言ったり指示や命令をしたりしがちです。ですが、親の方針を伝えたら、あとは子どもを信じて見守る、うまくいかないときに相談に乗る、といったように、子どもに任せて大丈夫になるよう仕向け、辛抱強く子どもの成長を応援することがどうやらポイントのようです。つまり、何をするにつけ自分で考えて行動できるよう自立させているわけです。

 さて、いくつかの資料に基づいて「優秀な子どもに育てるため必要なことは何か」について考えてみましたが、新たな気づきはあったでしょうか。

 どうやら、「特別な方法などない」という結論が導き出せそうですが、それでも調査資料の一つひとつを点検してみると、当たり前のことのなかに子どもが優秀に育つ理由が見出されるように思います。保護者の方々には、それぞれの項目と家庭の現実とを突き合わせ、参考にすべき点、気づいた点を今後の子育てに活かしていただければ幸いです。

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