2017 年 4 月 10 日 のアーカイブ

子育てを振り返るときのために

2017 年 4 月 10 日 月曜日

 新学期が始まりました。みなさんのお子さんは、それぞれ一つ上の学年に進級されたわけですが、これまでよりも少しだけ、おにいさんやおねえさんになったことへの自覚をもたれているのではないでしょうか。

  新6年生のお子さんには、来年1月の中学入試が控えています。そうしたことへの自覚が態度や表情に表れるお子さんもおられることでしょう。それはわが子の成長に他ならず、親にとってはうれしいことですね。

 わけても大きな変化が見られるのは新小学1年生です。小学校への入学は、子どもたちにとってカルチャーショック以外の何物でもないからです。幼稚園では最年長だったのに、小学校に入学すると最年少の立場へと一瞬にして逆転するのですから。これまで通っていた幼稚園と比べ、小学校は何もかもがスケールアップしています。校庭の広さ、校舎の建物の大きさ、人の数の多さ、正式なリテラシー社会への参入…。

 思うに、人間として完成された大人と違い、子どもたちにとっての日々の体験は新鮮な驚きや発見の連続です。そして、その一つひとつの積み重ねが人間としての個性の形成につながります。それだけに、どんな環境で児童期を過ごし、どんな教育を受けるかということは、子どもの成長に莫大な影響を及ぼすのだということに思いを致さずにはいられません。

 このように、小学生は成長途上の未完成な子どもです。それは親にとってまだ子育てが終わっていないことを意味します。それどころか、これまでと違って児童期後半になると体の自由度が格段に増し、行動範囲は広くなり、ものごとの好き嫌いや考えにおいて個性がはっきりと出てきます。親にとって、子育てやしつけの難しい時期なのです。

 みなさんはどうでしょう。毎日「ストレスとは無縁」とばかりに子育てを楽しんでおられるでしょうか。筆者のかつての経験からも、数多くの保護者と接した経験においても、子育てとは大変な苦労やストレスが伴い、しかも投げ出すことのできない重要な仕事だと言わざるを得ません。しかしながら、この親としての苦労やストレスを乗り越えてこそ、わが子は一人前の人間に成長し社会へと巣立っていくことができるのですね。

 子育てを終えた後の自分の姿を思い描き、毎日悔いの残らぬ親業を実践すべくがんばっていただきたいですね。今回は、絵本作家の佐野洋子氏の著書に、子育てを振り返って書かれた文章がありますので、そのくだりをちょっとご紹介してみようと思います。

 もはや初老に突入している私、および友人達は一応子供を育て上げた。

 友人の夫が妻に「あなたの一生で、いちばんよかったことは何だった」と聞くと妻は間髪を入れず「子育て」と答えた。「じゃあ、一番大変だったことは」「子育て」

 彼らの子供は、私なんぞから見ると、実にすくすくと何の問題もないめったにお目にかかれない様な立派な若者たちであり、子供の時も、健やかで、何よりも、はつらつと私達を楽しませてくれた。そんな恵まれた子供を持った母親でさえ、子育ては、全身全力で闘うべき大事業であったのだ。

 私なんぞは狂乱の子育てで、狂乱したからこそ、その中身の手ごたえは充分で、今になると、思い出すさえ、涙が甘ったるくにじみ出る。

 おうおう、よく生きのびて、でかくなってくれた。ありがたい。おうおう、私よ、なりふりかまわず見苦しく幾多のあやまちを犯しながらよくがんばった。

 私が狂乱していた昔、河合隼雄(心理学者・故人)は今の様に、日本にあまねくいきわたっていずおすがり申すわけにはいかなかった。

 私は常にオロオロしていた。

 『こころの子育て――誕生から思春期までの48章』は、具体的な問いに河合先生がやさしく答えて下さる実に親切な本である。

 例えば、

・イライラして叱ってばかりいます。
・「早くしなさい」「それはだめ」と小言ばかり云っています。
・子供がいじめにあったときの対応を教えてください。
・悩み始めると迷ってばかり、さっぱり結論が出ません、等々。

 生まれたときから自立するまで私達がウロウロしていて、今読むと、子育て時代が、赤ん坊の乳くさい手のひらややわらかいうでの感触が、急に体中に角材を組み込んだ様な“()体”にぬうっとでかくなり、足を見ると足の爪のそばに黒い毛が生えて、仰天した時のことが、思い出され、もう一度子供と共に過ごした年月がよみがえって、ため息をついた。あの時この本があったら、私はもっとましな子育てができただろうか。

 いややっぱり出来なかっただろう。

 何故なら、人間一人子ども一人の持っている世界は私達を存在させている果てしない宇宙、まだほとんど解明されていない宇宙と同じ位、その小さな体の奥に広がっているからなのである。時に人間について多少わかった様な気がする事があるが、それは、宇宙衛星ひまわりが持ち帰る情報程度なのだ。

 (中略)河合先生がくり返し教えてくれることは、一人の子どもをおそれを持って見守りなさいと云うことだろうか。

 どんな子供にも、宇宙の果てが解明出来ない様に、おそろしい闇と、光が無限にあるという事のような気がする。

 佐野氏は、「どんな子どもにも闇や光が無限にある」ということに関して、親の期待とは異なる様々な子どもの現実や反応について例をあげながら、それらに振り回されたり、感動させられたり、泣かされたり、七転八倒したりするのが親というものだということを踏まえつつも、それでいて「七転八倒している時、少し待ちなさい、近視眼になるのはやめなさいと云われて、『はい、そうしましょう』と仲々なれないのである」とも述べておられます。

 こうしてみると、どのようなすばらしいアドバイスを得ようと、親というものはそれぞれに苦労を経ずして子育てを終えることはできないのだということを思わずにはいられません。「七転八倒の苦労を伴ってこその子育てなのだ」ということなのではないでしょうか。この苦労を自分なりに乗り越えたとき、親は本当の意味で人の子の親になれるのでしょう。

 受験生活のバックアップと子育て。この両方を受けもっておられる保護者の方々の苦労は並大抵ではありません。しかし、子育てはあと少しの段階を迎えつつあります。振り返ったとき、「一応がんばれたかな」と思える日がくるまで、どうか後悔のないようベストをつくしていただきたいと存じます。

 最後に、河合隼雄先生の著書のなかに、「思い通りにならないことこそ、ほんとうにおもしろいことなんだと思うんです」という文言があるのをご紹介しておきます。子育ての最中にある親に、大いに励みを与えてくれる言葉ではないでしょうか。


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