これは広く知られていることですが、子どもは話しかたや行動様式を、親を模倣することによって学ぶと言われます。心理学では、これをモデリングと呼んでいます。
ずいぶん前のことですが、腹を立てて筆者に食ってかかる愚息の言葉が気に入らないので注意をしようとしたものの、その言いかたは父親である筆者のくせをまるごと真似たものであることに気づき、愕然としたことがあります。似たような経験は、どなたにもあるのではないかと思います。
ところで、子どもが“モデリング”で次々に新しいことを覚えたり身につけたりできるのは、素晴らしい観察眼をもっているからです。その観察眼の一番の対象となっているのは誰でしょうか。それは、お気づきのように“おかあさん”です。
有名なカウンセラーは、子どもが親を真似ることについて次のようなこと述べています。
親が子どもの年齢をごまかして子ども料金の切符を買うならば、こういったことをしても構わないと子どもに教えている。電話で夫の居留守を使うならば、子どもはそうやることは当たり前だと教えることになる。ジャンクフードを食べるならば、ジャンクフードを食べてもいいと教えている。親が一日中テレビを見ているならば、一日中テレビを見る習慣を子どもに教えている。けんかして大声でわめくならば、こういった態度を子どもに教えることになる。子どもに怒るならば、彼らは人間に怒るようになるだろう。
怒る代わりに冷静な声で話してやれば、腹が立ったときにも冷静なままでいることを子どもに教えることになる。あなたが、悪い言葉を使ったことを謝れば、過ちをおかしたときに責任をとることを子どもは学習する。丁寧な言葉を使うときには、丁寧な言葉を子どもは学習する。世の中のために貢献するとき、子どもは貢献するということを学ぶ。親が他人に親切にするとき、子どもは親切にすることを学ぶ。ベストをつくす親からは、ベストをつくすことを子どもは学習する。本を読めば、読書についての適切な態度を子どもは学ぶことになる。親が健康によい食べ物を食べ、運動をするときには、健康によいものを食べ、運動をする大切さを子どもは知る。まともな態度でふるまえば、まともなふるまい方を子どもは学ぶ。
このことは、「親は、子どもにとって、よいモデリングの対象でなければならない」ということを意味するでしょう。子どもを「きっとできるよ!」と肯定的に励ませば、子どもは「おかあさんは自分を信頼していてくれる」「きっとできるだろう」と受け止めて努力します。そういう親のもとで育った子どもは、やがて親になったときにも、わが子を信頼して立派に親の務めを果たすことでしょう。
反対に、親が「やりなさい!」と言って一方的に命令すれば、子どもは渋々言うことを聞いたとしても、親が期待するほどのがんばりを発揮できません。そんな子どもを親が叱れば、親に対して反感をいだいた人間になったり、何をするにも自信のない人間になったりする恐れもあるでしょう。それだけではありません。やがて親になったときに、同じことをする可能性が高いのではないでしょうか。
子どもは環境のなかで様々なことを経験して学んでいきます。ここでいう環境とは、子どもの毎日の生活の場を意味します。近所の大人や子ども、学校で関わる先生や友だち、毎日遊ぶ場所、テレビ、ゲーム、携帯、インターネット、アニメ、漫画、本、音楽など、子どもが毎日目にするもの、手にするもの、関わるもののすべてが学習の対象になるでしょう。
経験はモデリングとは異なります。誰かを、何かを手本とするのではなく、自分で触れてみたり、食べてみたり、使ってみたりする体験を通して、様々なことを学んでいきます。子どもは、自らのおかれた環境に適応して育つと言われています。その環境は、偶然に得られるものもありますが、親が意図して整えることもできるでしょう。それによって、子どもの望ましい成長が引き出されたり、ある分野での才能が花開いたりすることも決して希ではありません。
勉強のできる子どもにしたければ、そういった方面の適性が育まれるよう環境を整備し、必要な働きかけをすれば効果が得られます。弊社の教室で学ぶ優秀なお子さんを見ていると、親御さんがそうなるよう一生懸命に努力されていることに気づかされます。
これはみなさんのほうがよくご存知と思いますが、音楽的な才能を育てるのに適した環境を整えておられるご家庭もありますし、スポーツの好きな子どもにする環境を熱心に整えておられるご家庭も少なくありません。そのおかげで、有名な音楽家に成長したり、プロスポーツ選手が育ったりする事例がたくさんありますよね。
つまり、子どもは自分の置かれた環境に適応しようとします。ですから、与えられた環境によって育ちかたも変わってくるのだと言えるでしょう。
子どもがどのようにも変わっていくのは、あと数年のうちです。この時期の子どもの教育環境がいかに大切なものであるかを踏まえ、「子どもに何をしてやるべきか、どう子どもに接するべきか」について、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。



