わが国においては、子どもの日常的な躾・教育はおかあさんの手に委ねられています。事実、ある調査によると80数%をおかあさんが引き受けておられるというデータが示されていました。
いつだったか、大学の理事をされている年輩の男性と子育てについて話していたとき、「子どもの躾は母親の仕事ですから」と、きっぱり言われました。おそらく、これがわが国の男性の一般的な考え方なのであろうと思います。
そう言えば、子育ての場面をイメージしたときに、おとうさんの姿が目に浮かんできません。いったいいつからおとうさんは子育ての場から離れてしまったのでしょうか。実は、現在のわが国の家庭にみられる親子間の断絶や子どもの逸脱の原因も、そこにあると言われています。ともかくも、わが国では子どもの家庭教育について語るときには、おかあさんがその担い手であるという前提のもとで考えを進めていく必要があるのは間違いありません。
近年は少子化が進み、一家庭あたりの子どもの数はかつてと比べて随分少なくなっています。では、おかあさんの子育てにかかる負担は軽減されたのかというと、むしろ逆のように感じられることが少なくありません。両親と子どもだけの家庭においては、実質おかあさん一人が子育ての当事者です。誰も手伝ってくれる人がいないおかあさんは、孤独です。どうしたものか思い悩んだときにも、心を割って相談できる相手は少ないのが現実です。そうした環境が、おかあさんを随分苦しめているのです。
おかあさんの子育てを難しくしている原因は他にもあります。子どもを目先の快楽へと誘う、様々なメディアが氾濫しています。代表的なのは携帯やゲームなどの類です。それらが子どもを学びから遠ざけ、さらには行動規範の崩れを招いていると指摘する専門家は少なくありません。
知的高度化社会の訪れによって、教育の必要性はますます増しているのに、子どもたちは学ぶことから逃走しつつある。この皮肉な現象をどうやったら打開できるのでしょうか。それにはおかあさんが奮起するしかないように思います。おかあさんが子どもにありったけの愛情を注ぎ込むとともに、子どもの心にある「知りたい心」や「向上心」など、知性的人間となるための前提をしっかりと育てていくしかありません。
かなり以前の話ですが、アメリカの調査会社が「アメリカで、最も尊敬すべき女性は誰か」というアンケートを実施したことがあります。上位にランクされた女性のうちの一人が、次のような言葉を残しておられます。
「私は、育児を愛情と義務の作業だけでなく、知的職業としても見た。それは、世界のどの名誉ある知的職業にも劣らないほど興味深く、挑戦的で、私に最高の力を要求するものであった」
この言葉から伺われる高い次元の識見、信念、子育てにかける意欲、子育てという仕事への誇り・・・いずれも一流のものであり、私たちの胸を打つものがあります。
また、カウンセリングの専門家の著作に次のような記述があります。子育ての最中にあるおかあさんに向けられた、心のこもったエールです。
「人間の子育ては、もともと自然に備わっている本能ではありません。求めて培われる能力なのです。子育ては子どもにだけ発揮されるものでもありません。形を変えて自分育てにも発揮されるものなのです。子どもを愛する心は、自分を愛する心となります。そして、ひいては人間を愛する心になっていくのです。
“うちの子が一番”は、自分がおなかを痛めた子ども、世界中に二人といない大切な子どもだから一番なのです。だからこそ子どもも、“育つぞ! 育っていくぞ! だから私を一生懸命育ててよ!”と、どんな環境にあったとしても自立心いっぱいに“育つぞ”という意欲を発揮するのです。そして、力強く輝かしい未来を求めるのです。ひょっとして見失っているかも知れない、あなたの真意にもあなた自身気づいてください。
“私が育てます! 全力で、子どもが一人の人間として生きていけるようになるまで育て抜きます。だから、私に育てられた子どもが魅力的で最善の人間になるのは当然です。そして私自身もすてきな最高の親であるはずです!”」
いかがでしょうか。子育てを通じて、自分も人間として育てられる。子どもに愛情を全力で注ぐからこそ、子どもは精一杯生きようというエネルギーを生み出すことができる。そのことの意味は本当に大きいように思います。おかあさん、がんばりましょう!!



