このとき、家庭学習研究社が産声をあげた!  ~その4~

2008 年 11 月 20 日

 いよいよ、入試がやってきました。結果は驚くべきものでした。青年のところで学んだ20名のうち、何と18名が附属、学院、修道、清心、女学院のいずれかに合格したのです。たくさんの子どもたちの努力が、見事に実を結びました。それまでのこの地区の受験の常識では、「3名~4名も受かればよし」とされていました。それを、完全にうち破る快挙を青年は成し遂げたのです。しかも、経験のない青年が、自分の信ずるやり方を貫き通してのことです。このできごとは瞬く間に地域のうわさになり、青年の塾に通う子どもが引きも切らずに増えていったのは言うまでもありません。

 すでにお気づきかもしれませんが、青年とは家庭学習研究社の経営者です。その当時、まだ家庭学習研究社という社名は冠していなかったものの、理念と指導法の点から、このときに家庭学習研究社が誕生したと言って差し支えありません。

 それから数年後、青年は「もっと大きなスケールで自分の可能性に挑戦してみたい」と決心し、広島に進出しました。初めは学習塾をするつもりはなく、家庭学習研究社という会社を興すのですが、冒頭でご説明したような経緯で、現在のような中学受験専門の学習塾になりました。

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カテゴリー: 家庭学習研究社の歴史

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