受験生の敵、“ど忘れ”にどう対処するか

2020 年 7 月 6 日

 7月を迎え、もうじき梅雨も明けようかという時節ですが、弊社では夏の講座の募集がやっと佳境に入ってきました。例年なら6月早々から募集が始まり、7月初旬ともなれば大半の受講者の申し込みが終わっています。しかし、新型コロナウィルスの感染問題が尾を引いている今年は、夏の講座をどうするかということ自体も慎重に検討せざるを得ない状況にありました。

 幸い、5月上旬以後、新たな感染者が確認されていないということで、夏の講座を実施することにしたしだいです(残念ながら、7月1日に新たな感染者が1名確認されています)。今からの申し込みも可能ですので、検討しておられるご家庭におかれてはぜひ参加を賜りますようご案内申し上げます。

 さて、今回は受験生にとっての大きな悩みの一つをとりあげてみました。それは、せっかく覚えたことを肝心なときに忘れてしまうという問題です。一生懸命覚え、すでに身につけているはずの事柄が、いざテストのときに思い出せない。喉元まで来ているのに言葉として取り出せない。こんなときは本当にイライラやモヤモヤが募るものです。

 最近、この問題をテーマに掲げたかのような本と出合いました。脳科学者として知られる茂木健一郎氏の著作で、「ど忘れをチャンスに変える 思い出す力」という書名の本です(2019 河出書房新社)。「これはおもしろそうだ」と思って読んでみました。すると、「受験生の子どもたち、保護者の方々にお伝えしたいな」と思うことがたくさん書かれていました。そこで今回はその内容の一部をご紹介してみようと思います。中学受験生をおもちのご家庭の参考にしていただけたなら幸いです。

 上記書物のなかから、まずは保護者のかたにお伝えしたい記述部分をご紹介しましょう。

 

 ど忘れの状態は何なのかというと、脳の前頭葉は「自分はこれを覚えている」ということを知っているのですが、側頭連合野がうまく答えを返してこない状態です。

 前頭葉は、「これは体験したことがあって、絶対に知っている」とわかっているので、「これを思い出せ!」と側頭連合野に問い合わせているのですが、側頭連合野から答えが返ってこず、じりじりとしています。ここで不快に耐えて、答えが返ってくるまで粘り、ついに思い出すと、「これだよ!やっと思い出せた!うれしい!」と報酬物質であるドーパミンが放出されます。

 脳には、ドーパミンが放出されると、そのときにやっていたことをまたやりたくなるという性質があります。ど忘れして、苦労して思い出せたことによって、最初の不快をはるかに超える大きな快を得るので、「思い出すことは楽しいのだ」「思い出すことをもっとやりたい」と、脳の思い出すことにかかわる回路が強化されます。

ど忘れすることがあるからこそ、思い出す回路を強化する機会に恵まれるのだということです。

 

 学習によって得た知識は、脳の奥深くにある海馬という器官で長期記憶に加工されるということは、これまで何回かお伝えしました。ただし、海馬は長期記憶の保管場所ではありません。保管場所は別のところにあります。すなわち、約1カ月かけて長期記憶に加工された知識は、やがて側頭葉に転送され、周辺に分散して格納保管されます。ただし、せっかく覚えたはずの知識も、肝心なときに脳の司令塔である前頭葉の呼び出しに反応してくれないことがあります。

 上記引用文にもあるように、思い出せないときにすぐあきらめるのではなく、「あれって、何だったっけ?」と自分に問いかけ、記憶を手繰り寄せようと思考を巡らせることが大切です。みなさんご承知のように、何かの拍子に呼び出したかった言葉が出てきたときは、ほんとうにうれしいものです。そういうときの快感は、次なる学びに向けたエネルギーを生み出してくれます。こういうことの連鎖によって、人間は頭がよくなるのですね。

 以上から言えるのは、“ど忘れ”を忌み嫌う必要はないということです。“ど忘れ”があるからこそ、思い出す回路を強化する機会に恵まれるのだということです。茂木先生によると、「自分が知っている」という感覚は、「Feeling of knowing(知っている感覚)」とか「Tip of the tongue phenomenon(舌の先まで出ているという舌先現象)」などと言われ、欧米で長く研究対象とされてきたことだそうです。

 前出の茂木先生によると、“ど忘れ”というのは全く忘れている状態ではありません。記憶として残っているものの、はっきりとした明確な記憶にまでは至っていない状態を示すそうです。そのことを踏まえるなら、“ど忘れ”したときには、すぐにあきらめてしまうのではなく、頭の引き出しから取り出そうともがくことが重要なんですね。そういう経験が脳を鍛え、頭をよくするのです。

 とは言え、誰だってテストのたびに“ど忘れ”をして悔しい思いをするのは嫌なものです。思い出すことが上手になれれば、それに越したことはありません。茂木先生は、思い出す方法は2種類あると述べておられます。それをざっとご紹介してみましょう(主に上記著書から引用しています)。

 

1.デフォルト・モード・ネットワークを生かす

 1つは、無意識の脳の働きや特性を生かして思い出す方法です。デフォルト・モード・ネットワークとは、意識して思い出そうとするのではなく、リラックスしたときによく働く脳部位です。脳は、集中しているときに鍛えられると思い込む人がいますが、それは間違いです。

 休んでいるとき、脳は勝手に様々なことを思い出して、体験と体験とを結びつけ、記憶の整理をします。何かに集中してばかりいたら、情報が入ってくるばかりで、脳が整理の時間を取れません。

 われわれが何もしないでいると、脳はようやく記憶を整理し始めます。つまり、ぼーっとして、心をさまよわせる、というのは「無駄」な時間に見えますが、大事な整理をしている時間なのです。デフォルト・モード・ネットワークが一番働くのは、眠っているときや、シャワーを浴びているとき、散歩をしているときなどです。

 

2.あえて意識的に「思い出す」時間をつくる

 都合のよいことは何度思い出してもいいけれど、都合の悪いことはあまり思い出したくなくて抑制してしまう。そういう繰り返しの経験によって、神経細胞がつなぎ替えられて、人によって思い出しかたの癖のようなものができてきます。よいことばかり思い出して、嫌なことを思い出さない人がいます。また逆に、嫌なことばかり思い出しがちな人もいるかもしれません。(中略)

 嫌なことを抑制するタイプ、嫌なことばかり考えてしまうタイプ、どちらにしても、自分の思い出しかたの癖を脱却するために、普段思い出さないことを意識的に思い出すようにするのです。

 はっきりと意識するということは、前頭葉に記憶が引き出されるということです。前頭葉は脳の司令塔ですから、そこに記憶が引き出されることで、この記憶をどうしようか、どういう意味があったのか、と改めて脳のさまざまな領域に問い合わせができるようになります。

 

 さて、上記のことをお子さんの受験勉強に生かすとしたらどういうことになるでしょうか。すでにヒントが思い浮かんだかたもおありかもしれませんね。

 は、脳が休憩モードにあり、リラックスしているときに記憶が引き出されやすいということでしょう。仕事や学習にばかり追われていると、脳は記憶を整理する余裕がありませんが、のんびりと休んでいるような状態になると、取り出したい必要な知識や考えを引き出せる状態になるのでしょう。このことから言えるのは、勉強に追われる状態ばかりでは記憶は整理されず、引き出しやすい状態に整えることができません。うまく休憩を取ったり、ときには散歩などの息抜きをしたり、夜はぐっすりと眠ったりすることが必要なんですね。やるときは集中し、その代わりに脳を休める時間もしっかり設ける。メリハリのある受験生活を送ることが有効だということになりますね。

 についてはどうでしょうか。やや短絡な発想かもしれませんが、筆者は「復習」を連想しました。成績のよかったテストは見直す気になりますが、成績の悪かったときの答案は見直したくなくなる。とかくこういうふうになりがちですが、思い出したくないテストのなかにこそ、思い出して記憶に焼き付けておきたい知識がいっぱい詰まっているはずです。結果の思わしくなかったときのテストこそ、見直しややり直しによって力を蓄える要素がたっぷりとあります。復習によって「今度は大丈夫!」というレベルに記憶を植えつけておくことは、力をつけるうえで大いに有効なだけでなく、次の勉強に向かううえで必要な自信ややる気につながることでしょう。

 は、ある意味において対極をなす「思い出す力を養うための方法」であると言えるでしょう。とかく私たちは、たくさん覚える、時間を投入する、集中するなど、一生懸命に取り組むことばかり考えがちですが、学んで得た知識を使える状態にするには、脳に一息入れさせることも重要なのですね。その一方、思い出そうとする時間を意図的に設けることで、記憶の回路を働かせるための訓練をすることも大事だということもわかりました。受験生活においては、この二つを意識して取り入れてみてはいかがでしょうか。

 子どもたちには、“ど忘れ”をしてもどかしい思いを大いに経験していただきたいですね。学んだことを思い出せないのはいけないことではなく、脳を鍛えるうえでよいチャンスなのだということをお子さんに伝えてあげてください。

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カテゴリー: がんばる子どもたち, アドバイス, 勉強について

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