2021 年 5 月 のアーカイブ

厳しいしつけで子どもは伸び伸び育つ!?

2021 年 5 月 31 日 月曜日

 今日は5月末日です。かつては6月になるとすぐさま夏期講座の募集を開始していましたが、中学受験ブームが落ち着いている近年は、募集に向けた動きの立ち上がりも若干遅くなっており、今年の申込受付開始は6月14日頃になる予定です。夏期講座に関しては、次回お伝えするつもりです。

 今回は、久しぶりに幼児~低学年児童をおもちの保護者に向けた内容の記事を書いてみようと思います。「厳しいしつけでわが子を育てたほうがよいのか、それとも優しく子どもを育てたほうがよいのか」と、逡巡しながら今日まで子育てをされてきたかたはありませんか? 専門家の文献にあたってみると、どうやら厳しいか優しいかがしつけの良し悪しの判断基準ではなく、それとは別の観点に良し悪しを決定づけるポイントがあるようです。今回のタイトルは、「厳しく育てると、伸び伸びとした性格の子どもに育たないのではないか」と危惧しておられる保護者に、「そんなことはありません」というメッセージをお届けするつもりでつけたものです。「初見で「このタイトルは変!」と思われたかたもおありかもしれませんね。

 親のしつけが厳しいと、「自己抑制が効いた(効き過ぎた)子どもに育ち、伸び伸びとした明るいイメージの人間に育たないのではないか」と危惧されるおかあさんがおられるようです。「厳しい」は「口うるさい」「委縮させる」「多くの制限を課す」などという連想をされがちだからでしょう。しかしながら、そう単純なものではないようです。

 二人のお母さん(一応AとBにしておきましょう)がいて、どちらもきびしくしつけているのですが、Aのお母さんの子はいつもおずおずしていて、すぐ人の顔色をうかがったり、暗い印象を与えたりするのに、いま一方のBのお母さんの子は子どもらしくのびのびと明るい場合があります。どちらのお母さんも同じようにきびしくみえるのに、どうして子どもに大きなちがいがあるのでしょうか。

 上記は、発達心理学者の岡本夏生先生(1926‐2009)の著書からの引用です。まずは、みなさんで理由はどういうことかを考えてみてください。つぎのなかから、選ぶとしたらどれが正解に近いでしょうか。

① 子どもが生まれつき楽天的で、叱られてもすぐ立ち直る性格だったから。
② 親が子どもに厳しく接したときは、あとで子どもに好きなことをやらせていたから。
③ 子どもが親の愛情を感じ取り、確かな信頼関係が築かれていたから。

 おそらく、何のヒントもない状態で理由を考えると、かなり難しい質問かもしれません。しかしながら、選択肢で示されると多くのかたが「まあ、これだろうな」と想像がついたのではないでしょうか。では、上記引用文の続きを読んでみてください、正解がどれかすぐにおわかりになるでしょう。

 その原因はいろいろのことが重なり合っていて、なかなかこれときめるのはむつかしいと思うのですが、その一つに、Aのお母さんの場合、子どもはしかられる時、いつも「お前は悪い子だ」ときめつけられたと受けとっているのではないでしょうか。自分の好きなお母さんから、お前は悪い子だ、だめな人間だときめつけられることほど、子どもを不安にかりたてることはないのです。おそらく自分の存在を最も深い所でおびやかされることになるのでしょう。時にはそれがお母さんの愛情をうたがうことにもなりかねません。お母さんの方は一所けんめい子どものことを考えていることには変わりないとしても。

 それにくらべて、Bの方の子どもは、お母さんの愛情を信じていて、お母さんは自分をいつでも愛してくれている、そして、自分の行動がまちがっている時は、すぐ教えてくれるのだ、という信頼感があり、それが子どもをのびのびと思いきって行動できるようにしているのでしょう。その受けとり方のちがいの出てくるところはなかなか複雑で、おかあさんの態度のちがいにだけ帰することはできませんが、ここでは、しつけはあくまで行為の善悪を教えるのが中心であって、人の善悪を教えることではないことを強調しておきたいのです。

 言うまでもなく、正解はですね。あとの引用文からもわかりますが、大人から精神的に自立する前の子どもは、親の愛情を感じることで安心し、「自分のふるまいはよいことか、悪いことか」を考える心のゆとりをもつことができます。ところが、親はそういうつもりは全くなくても、子どもの人格を傷つけるような言いかたで叱っていることがあるやもしれません。しかも、そのことの危険性に気づかず、繰り返し同じような接しかたをしていたなら、子どもの心にどういう影響を及ぼすでしょうか。「自分はダメな子」→「自分はダメな子だから、こうやるしかない」など、子どもの行動に負の連鎖をもたらしかねません。

 岡本先生は、上記引用文の直後で体罰について何行か言及しておられます。幼児に対する体罰で懸念されるのは、子どもの行為の善悪を教える効果よりも、体罰を課す大人に対する恐れや憎しみの感情を子どもに植えつけてしまいかねないことだといったようなことを述べておられました。親から受けたむごい体罰は、子どもに限りない恐怖の念、孤独感、悲しみをもたらします。こういうことが続くと、やがて子どもは将来自分に待ち受けている様々な可能性の芽を自ら摘み取ってしまう、自暴自棄な行動に及ぶ恐れが多分にあるのではないでしょうか。 

 TVや新聞誌面に目を遣ると、相変わらず「しつけのためにやった」と自己弁護する親の、目や耳を覆いたくなるような残酷な体罰や虐待行為が報じられています。刑から逃れるための言い逃れかもしれませんが、これほどしつけという言葉が嘘寒く虚しく響くことはありません。

 ともあれ、子どもが善悪の判断を正常にもちあわせ、伸び伸びと生きていける人間へと育つには、親のしつけはなくてはならないものです。そこに欠かせないのは、行動の善悪に言及する姿勢であり、それと同じくらいたっぷりな愛情の注入に他なりません。それがあれば、厳しめのしつけだって何の問題もないのですね。

 わが子の望ましくない振る舞いや行為に対して、必要なときは容赦なく強く叱ってよいのです。その一方で、筋の通った態度を貫き、わが子への愛情をしっかりと伝えてやりましょう。きっとお子さんは、親の期待に違わぬ、立派な人間へと成長されることでしょう。勉学への取り組みにもよい影響をもたらすに相違ありません。

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カテゴリー: アドバイス, ジュニアスクール, 中学受験, 子育てについて, 家庭での教育, 小学1~3年生向け

がんばりが利かなくなった子どものメンタル

2021 年 5 月 24 日 月曜日

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、緊急事態宣言下にある広島県ですが、外出の自粛や飲食店の営業制限などの対策も、今のところ感染の勢いを止めるまでには至っていません。いつまで我慢を強いられるのか、見通しの立たない不安な毎日が続いていますが、多くの人命、社会の維持に関わる問題ですので、他の何にもまして安全確保を優先する必要があります。安心して暮らせる環境を取り戻すべく、辛抱強くがんばってまいりましょう。

 さて、前期の講座が開講して約3ヶ月が経過しましたが、お子さんは開講時と変わらず意欲をもって勉強に取り組んでおられるでしょうか。受験勉強を始めて何か月か経つと、受験生の様子が大ざっぱに二つに分かれる傾向があります。一つは、受験態勢が整って勉強が軌道に乗り、快調に学力を伸ばしていく子どもたちです。そのいっぽう、勉強に精彩を欠き始めるお子さんも一部見られるようになります。親にとって、わが子がやる気に満ち、目を輝かせて勉強に取り組む姿を見ることが何よりうれしいものです。後者のような兆候のあるお子さんには、なんとか元気いっぱいの取り組みを取り戻していただきたいものですね。

 そこで今回は、勉強に向かう活力が減退傾向にあるお子さんについての話題です。こういうお子さんを、闇雲に励ましたり、檄を飛ばしたり、叱ったりしても、大概は効果がありません。どうして勉強に活気がなくなってきたのか、その理由をしっかりと理解したうえで対処する必要があります。では、その理由とは何でしょうか。たとえば、次のようなことが考えられます。

勉強の活力が減退していく受験生の心理

1.少々勉強しても成績が伸びない。自分には才能がないのでは
  ないか。
2.不得意科目の勉強が辛い。やりたくない。
3.親はいつもボクを(わたしを)不満の目で見ているに違いない。
4.他の子はゲームなどを楽しんでいるのに、自分は勉強ばかり。

 

 1について 同じ塾の仲間同士、仲よく勉強をしていても、内心では「友だちに負けたくない」「みんなにおいて行かれてはいけない」という思いがあるものです。しかしながら、全体が受験をめざすメンバーで構成されている集団ですから、がんばったつもりでも、みんなも同じように努力しています。当然、期待ほどには成績は伸びてくれません。そういう状況が続くと、誰でも少しばかり壁を感じたり、無力感に襲われたりするものです。

 2について また、中学受験をめざしている子どものメンタルは、小学生といえどもただ励まされれば嬉しく、やる気が高まるといった単純なものではありません。見た目以上に内面の大人化が進んでいます。何しろ、受験勉強で様々な仲間との交流があり、様々な知識を毎日取り込んでいるのですから。当然、自分に能力があるのかどうかについて思いを馳せるようになります。がんばっても成果が得られない状況が続くと、やっても効果が出ない無力感に苛まれ、不得意科目から逃げ出したくなる子どもも出てきます。

 3と4について 勉強の行き詰まりを感じ、内面の不安に揺れ始めると、勉強への意欲をスポイルする他の要素も頭をもたげてくる恐れがあります。たとえば、「おとうさんおかあさんは、どうせボクを駄目な奴だと思っているんだろう」などのように、保護者に向けたネガティブな心理が湧いてくるかもしれません。あるいは、「なんで学校の友達は遊びたいだけ遊んでいるのに、自分だけ勉強しなきゃいけないの?」という疑念や不満の気持ちを抱き始めることもあるでしょう。

 1~4はそれぞれに連動して子どものメンタルを形成しています。保護者に求められるのは、一見無自覚でやる気が足りないかのように見える子どもでも、それぞれ受験勉強にまつわるプレッシャーや悩みを抱えており、内面の葛藤があるのだということへの理解ではないでしょうか。そのうえで、「どうわが子に接すれば勉強の活気が取り戻せるか」を考えていただきたいですね。思いつきで突然に「もっとがんばれ!」と活を入れたり、「がんばって、結果を出したらほめてやろう」と、何もせず様子を見守ったりするだけでは、子どもの奮起や実行力の向上は望めません。

 しかしながら、そのいっぽうで、揺れている子どものメンタルを支え、元気を取り戻させることができるのは親を置いてほかにありません。どうしたら、子どもの勉強に向かう意欲を取り戻せるでしょうか。筆者が思いついたことをいくつかここでご紹介してみようと思います。

 小学生は、まだ親の影響力が強い年齢期です。子どものやる気や自信を取り戻すには、親が子どものよい点を指摘してほめることが肝要です。ですが、勉強面だけだとほめるチャンスは限られます。また、親が上から評価する姿勢だと、子どもは反発してしまいます。

 子どもの生活全体を注意して見守り、よい点をいっぱい指摘してほめてやりましょう。評価者としてではなく、親の感想として伝えるのです。ポジティブな感想を絶えず親からもらえると子どもは安心できます。おのずと、勉強に向かう気持ちも取り戻していくものです。

 見た目の成績は上がっていなくても、子どもは毎日勉強を通して様々な知識を身につけています。それはすごいことであり、特別なことに他なりません。1ヶ月のスパンでみたなら、大変な進歩を遂げています。そのことを踏まえ、わが子が受験勉強に取り組んでいること自体が、親にとって大きな喜びであることを伝えてやりましょう。

 受験勉強の内容は、合格のための知識のかけらなどではありません。ずっと先の将来まで活用できる知識です。今学んでいることは、決して受験の結果しだいで無為に終わるものではないことを語って聞かせてやりましょう。

 今の勉強に足りないものは何か、何が問題なのかについて、親から語って聞かせるよりも、子ども現状を自身で現状を振り返ったり、解決法を考えたりするよう促すほうが効果的です。そのための受験パートナーとして振る舞ってみてはいかがでしょうか。

 自分の考えを他者に伝える過程で、子どもは様々な気づきや発見をするものです。そういう体験は、学校でも塾でもそうたくさんはできません。毎日生活を共にする親だからこそできるサポートです。自分の考えをまとめる経験をくり返すと、子どもは自分がどうすべきかを必ず悟ります。

 学習状況の思わしくない子どもを変えようと、性急に行動してもかえって逆効果を招くだけです。まどろっこしいようですが、子どもが勉強に打ち込めない理由をまずは理解し、子どもの気持ちを立て直すことを優先しましょう。そのほうが、結局は回り道ではなく近道になります。というのも、受験勉強の主役である子どもが自分でどうすべきかを考えて行動できるようになることこそ、本物の学力の獲得につながるし、上達に向けたいちばんの方法に他ならないからです。

 受験は、何よりも大切なわが子の将来のためにあります。お子さんの気持ちの立て直しを、焦らずにサポートしてあげてください。

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カテゴリー: 勉強について, 子どもの発達, 家庭学習研究社の特徴, 家庭学習研究社の理念

ヘリコプターペアレントの何が問題?

2021 年 5 月 17 日 月曜日

 ゴールデンウィーク明けから新型コロナウィルスの感染拡大が加速しています。広島県も、まん延防止等重点措置の適用対象とされるのみならず、緊急事態宣言が発令されるなど、深刻化する新型コロナ感染拡大への対応が進められています。みなさま、窮屈で不便、不安な毎日をお過ごしでしょうが、感染回避に向けて一層の注意や対策をされますようお願いいたします。

 教育関連の施策に目を遣ると、広島県は県内の公立高校80校に、中間試験が終了する5月中旬から6月1日までの期間、可能な限りオンライン授業を実施するよう促しています(試験はオンライン化が困難なため)。コロナ禍における弊社の学習指導は、現在のところ「通学コース」と「オンラインコース」の2本立てで実施していますが、コロナの感染状況や学校教育の対応等に合わせ、子どもたちの感染回避に向けて細心の注意を払いながら受験指導を行ってまいる所存です。ご理解ご協力の程、よろしくお願い申し上げます。

 さて、今回のテーマにある「ヘリコプターペアレント」という言葉を、みなさんはご存じでしょうか。初めてお知りになったかたも、ヘリコプターの動きからの連想で、何となく意味を察知されたかもしれませんね。目標物の周囲をホバリングするヘリコプターのように、常に子どもの傍を離れない親を表現した言葉です。この言葉が使われるようになったのは、比較的最近のことではないかと思います。筆者の所持している教育関連本(2006年発行)に、次のようなくだりがあります。

『大丈夫?』
『どうしたの?風邪ひいたの?』
『お医者さまに診てもらいましょう』
『自分を粗末にするからよ』
『夜更かししちゃだめよ』
母さんはヘリコプターのようにぼくの周辺を飛びまわる。母さんの騒々しいたわ言にはもううんざり。ぼくにだって、いちいち説明せずにくしゃみをする権利があると思うんだ。

 ヘリコプターペアレントとは、どうやら子どもに対する過保護や過干渉の親を指して表現する言葉のようです。上記の子どもの言葉からも察せされると思いますが、もともとは大人の入り口に立っている高校生頃の子どもをいつまでも心配し、口や手を出さずにはいられない親のことを意味しています。しかしながら、最近では子どもの自主的な判断や行動を信じて任せることができないでいる親全般に適用されています。

 おたくではどうでしょうか。日本人家庭の子育ては伝統的に親子密着型で、子どもを手厚く保護する傾向が強いと言われます。おまけに少子化が進んでいる今日においては、おのずと子育ても過保護や過干渉の傾向を帯びがちです。上例はアメリカの家庭での様子ですが、自立志向の強い欧米の家庭ですら、近年は何でも子ども任せにできない親が増えているようですね。

 子どもは成長とともに、自分の価値観をもつようになり、何事も自分で判断しやろうとするようになります。しかし、実際にちゃんとできるかどうかは別問題です。親から見ればまだまだ未熟で、「なんだって一人ではできはしない」としか見えないものです。だからこそ、注意を促したり、手を差し伸べたりせずにはいられなくなるんですね。ただし、それはよいことなのでしょうか。親が関わることに何か問題はないのでしょうか。ネットなどで調べてみると、次のような問題点が指摘されていました。

ヘリコプターペアレントのもとで育った子どもの問題点

・自主性や自律性の足りない人間になる
自分で行動を管理したりものごとの選択をしたりする経験が足りないため、人間としての自立をいつまでも果たせなくなってしまう恐れが多々ある。

・自分の価値観や判断力をもてない人間になる
正しい選択や判断をする力は、自ら判断する機会や失敗の数に応じて育つ。その経験を親が奪ってしまうと、何がよいのか、何を選択すべきなのかがわからないまま大人になってしまう。

・自己肯定感の欠落した人間になる
失敗を繰り返しながらも、それを乗り越えることで自己肯定感は養われる。親に問題を解決してもらう経験が染みついた人間は、難題にぶつかったとき、「自分には無理」とすぐあきらめてしまう。

 これから社会に出る世代は国際人としての資質が問われますが、国際人として軸となる要件は、語学力を備えていることよりも、自分のアイデンティティを確立していることであり、他者の思いを汲み取りながら必要な行動を自分で判断し行動できることだと言われています。これらこそが外国人との関わりで求められる資質として重要なのです。親は子どもの健全な成長を望み、人生を失敗してほしくないと願うものです。しかし、それが高じるとヘリコプターペアレントよろしく子どもに過剰な世話を焼いてしまうことになりがちです。親心が仇となり、逆効果を招くことになりかねません。

 中学受験に向けた勉強もまた、親をしてヘリコプターペアレントへと向かわせる要素が多々あるのではないでしょうか。「よい成績をあげてほしい」「志望校に合格させてやりたい」という親心が、過剰な世話へと走らせる原因になりかねません。

 では、わが子の中学受験勉強で親が配慮すべきはどのようなことでしょうか。長くなってしまいますので、最小限の言葉で次のようにまとめてみました。

 思春期を迎えると、何かにつけ子どもは親を煙たがるようになり、親と距離を置きたがり、親の介入を拒絶するようになります。これもまた重要な成長ですが、この段階での重要なポイントは、「子どもがどれだけ自立できているか」という問題です。親の関わりを拒むなら、自分で何事もどうにかしなければなりません。ところがそれができないと、人生の設計は揺らいでしまいます。

 だからこそ、中学受験の助走期の親子の間合いが重要なんですね。親にまだまだ依存している、親の言うことを拒絶しない、親の言うことにある程度耳を傾ける今のうちにこそ、子どもをうまく自立へと向かわせる子育てが求められるのではないでしょうか。実は、中学受験の助走は、子どもの自立促進という面においても非常に有効な役割を担ってくれるものです。

 今なら失敗はいくらでも許されます。失敗を糧にしながら創意工夫をくり返すことで、すばらしい成長を遂げることができます。親はその様子を見届けながら、ちょっとした調整役をしてやる。それがいちばんの役割ではないでしょうか。親の願いは志望校合格に留まるものではありません。もっと先にある子どもの限りない未来です。そこに視点を定めたなら、きっとヘリコプターペアレント的な行動から距離を置くことができるでしょう。

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「怒る」と「叱る」 どこがどう違うの?

2021 年 5 月 6 日 木曜日

 今日は5月6日(木)です。ゴールデンウィークが終わり、学校も再開されたことと思います。学校休みが続くと、大概の家庭の保護者、特におかあさんがたは疲労困憊ということになりがちです。なにしろ、四六時中子どもが家にいると、落ち着きがない、騒々しい、世話が焼ける、言うことを聞かない等々、イライラする原因満載の日が続くのですから。

 子どもも児童期後半になると、肉体的な面だけでなく、精神面においても著しい成長を遂げるものです。それは、親の理解を越えた振る舞いの増加や、親への反抗という形で現われます。すなわち、親が注意する機会が増え、それに対して子どもが口答えや言い逃れをするようになります。また、受験勉強をしている子どもであれば、相応に苦しみや悩みも抱えていますから、ストレスもあることでしょう。そんな子どもと毎日一緒に家で暮らすとなると、親子間のいざこざが増えるのは無理からぬことです。

 そこで表題の「怒る」と「叱る」、の話になります。「怒るのではなく、叱ることが大切だ」などの文言が教育書にしばしば登場するので、みなさん先刻ご承知のことと思います。怒るのは感情に任せた行為であり、叱るのは理性に基づく行為です。したがって、子どもの素直な反省を引き出す効果は後者のほうにあると言われます。どちらが望ましいかについては論を待ちません。

 ただし、今回は「感情に振り回されて怒るのではなく、冷静に子どもを叱りましょう」ということをお伝えするわけではありません。きちんとした叱りかたをするつもりが、いつの間にか感情の高ぶりが押さえられなくなり、怒鳴ってしまう(怒ってしまう)かたはおられませんか? そんなとき、大概の保護者は後味の悪い思いを引きずったり落ち込んだりするものです。なぜそうなるのでしょうか。その理由やメカニズムについてもっと客観的な視点から検証していけば、わが子への対応も微妙に違ってくるでしょうし、「ああ、親って報われない」と嘆く場面も少なくなるのではないでしょうか。

 筆者は、子育ての最中にある保護者に「お子さんをきっぱりと叱ってあげてください」「子どもを改めさせるプロセスで、後味の悪い思いをしなくて済むメンタリティをもってください」ということをお伝えしたいのです。

 そのために必要なことは、「怒る」と「叱る」の違いをよりつまびらかにし、怒って後悔する自分と決別することだと思います。そこで、この点について何か参考になる資料はないかと、いくつかのネットのサイトや教育書にあたってみました。そして、以下のように両者の相違点を比較対照してみました。

 少し振り分けかたが乱暴な点もあるかもしれませんが、「怒る」と「叱る」の違いが一目瞭然となったのではないかと思います。順を追って簡単にみていきましょう。

 まずは1から。右脳は感覚や直感に関わる分野で働き、喜怒哀楽にも関与します。左脳は言語脳と言われ、論理的思考を司ります。「叱る」という行為は、論理に基づいて子どもを納得させることですから、左脳が働いているということなのでしょう。子どもを叱るときには、子どものしたことを客観的に指摘し、振り返り反省させる必要があります。論理に基づいて話をするよう努めればよいというわけですね。

 「怒る」とき、親は無意識に自分の気持ちに寄り添っています。親のメンツや都合が主導しているのです。いっぽう、「叱る」ときには子どもの立場に立ち、どう改めるとよいかを考慮しています。

 「怒る」とき、「悪いのは子ども」という観念が働きがちですが、「悪いのは子どもの行為で、子ども自体が悪いわけではない」という考えに基づいて接するほうが、子どもの素直な反省につながります。「叱る」のは、子どもの行為を改めさせるためなのですね。

 「怒る」ときには、子どもがやったことを咎めがち(過去に目が向きがち)です。いっぽう、「叱る」ときには、子どもの成長という視点があります。未来志向で子どもに接する。これが教育です。

 親は子どもを自分の持ち物だとまでは思っていなくても、「親の言うとおりにすべき存在だ」と無意識に思っているものです。そのため、子どもをコントロールしようとする物言いをしがちです。その言いかたに子どもは敏感に反応します。「子どもは親とは別人格なのだ」と認識し、子どもの考えにも耳を傾ける姿勢で臨めば、子どもも冷静になって親の言うことに耳を傾けるものです。

 1~7はみな相互に関連していますから、これ以上の説明は不要でしょう。結局、「怒る」ときには親の都合や論理が軸になっており、「叱る」ときには子どもの成長という視点が軸になっているのだという違いがあるのだと思います。だから「叱る」ほうが効果を引き出せるのですね。

 お子さんが望ましくない態度や行動に及んだとき、まして注意の言葉に反抗してきたとき、感情が全く高ぶらない親などいません。ですが、「これは成長の一環として、必ずやってくる場面なのだ」と能動的に受け止めていただきたいですね。子どもの成長という視点に立っていたなら、厳しくきっぱりと叱っていいのです。子どもはそういう親に反発はしないものです。ぜひ、お子さんをよりよい方向へと向かわせるためのチャンスにしていただきたいと存じます。

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