「馬上」・「枕上」・「厠上」って何のこと?
2025 年 12 月 21 日
みなさんは、「三上(さんじょう)」という言葉を耳にされたことがありますか? 文案を練ったり、よいアイデアを浮かべたりするのに最もよい三つの場所のことを意味します。具体的には、「馬上」と「枕上」と「厠(そ)上」のことです。
考えをめぐらすうえで望ましい場所がどこかという話題は、中学受験をめざして学んでいる子どもをもつ保護者にとっても興味があることでしょう。そこで今回のブログで取り上げてみようと思ったしだいです。この三上という言葉を残したのは、11世紀に活躍した北宋の欧陽脩(おうよう しゅう)という人物で、政治家であり、詩人であり、学者でもあったという秀でた能力の持ち主でした。
「馬上」はもちろん馬の上のことです。適度なリズムで歩を刻む馬の背にまたがる人の姿がイメージされてきます。馬の背に揺られていると、よい考えが頭に浮かびそうです。「枕上」は、枕の上のことですから、寝ているときによい考えが浮かぶということでしょう。ただし、眠りに入るころに考え事をすると寝付かれなくなってしまいますから、明け方に目を覚ます時間帯のことを言っているのだと思われます。「厠上」は便所の中を意味します。トイレにいる時間は、一人で瞑想にふけるにふさわしいということなのでしょうか。
まずは「馬上」ですが、今日では一般の人が馬にまたがることはほとんどありません。そこで、今の世の中で「馬上」に通じる意味合いでとらえられる場所を思い浮かべてみましょう。おそらく大概の人は電車やバスに乗っているときを連想されると思います。電車もバスも程よい振動が体に伝わってきます。朝の食事で摂取した物もすんなり消化され、胃に集まっていた血液も一段落して頭に血が巡ってきます。一定のリズムで体が揺れ動いている心地よさと相まって、人間の頭脳の働きは大いに活性化することでしょう。私は少し前までロードバイクでのツーリングを趣味にしていました。心地よい風に吹かれてバイクにまたがっているとき、不思議と行事の企画案や文章のアイデアが浮かんできました。そこで、ツーリングの際にはメモ帳とペンを背のポケットに入れ、よい考えが浮かんだらバイクからから降りて書き留めるようになりました。
また、筆者はバスで片道1時間余りかけて通勤していますが、この時間が企画を立案したり読書をしたりするうえでずいぶん役立っています。ケータイ(携帯電話)が普及する前は、バスや電車内で本や新聞を読んでいる社会人や、教科書や参考書を手に暗記に励む高校生の姿をよく見かけたものです。小学生の子どもたちは、考えに耽ると降りるべきバス停や駅を通り過ぎてしまいがちです。したがって、バスや電車内での勉強はお勧めしかねます。そこで、似たようなシチュエーションを考えてみました。すでにお気づきかと思いますが、それは散歩やジョギングをしているときでしょう。ノーベル物理学賞を受賞された湯川秀樹博士は、思考を巡らせたいときには散歩をされたことで知られますが、小学生ならときどき公園や川土手などを歩いたり走ったりすると、気分転換を含めて脳の働きによい影響が得られるでしょう。脳科学者の著作にも、散歩やジョギングが頭の働きによい(血流を促進するなどが理由のようです)という指摘があります。
さて、つぎは「枕上」について考えてみましょう。上述のように、枕の上(床についているとき)と言っても、就寝時ではないだろうという指摘を多くの人がしています。おそらく、まだ目覚めたばかりで寝床から這い出ていない時間のことだろうと思われます。まどろみから抜け出したばかりのとき、人間の脳は前日までの記憶が整理整頓されてすっきりとした状態にあります。「枕上」は、このようなときが最もよい考えの浮かびやすいことを指摘した言葉ではないでしょうか。
これも筆者自身のことで恐縮ですが、筆者は枕元にも筆記用具とノートを備えています。上で述べたことは特に意識していませんでしたが、早朝に目覚めてから起床するまでのしばらくの時間、自然とそのときに自分が抱えていた案件について考えてしまいます。そして、そんなときに前夜までに解決できなかったこと、前夜までには気づかなかったアイデアが浮かんでくることがしばしばありました。おそらく、このブログをお読みになっている方々にもそういう人は少なくないことでしょう。せっかく覚えたことを眠っている間に忘れる。それは残念なことですが、簡単に忘れてしまうのはほんとうの知識になっていないからです。また、なかには「睡眠は、私にとって人生の無駄な時間でしかない」と断言する人もいます。しかし、その人は睡眠の果たす重要な役割や機能を知らないのでしょう。記憶に残っている知識を稼働させ、考えを巡らせていると、忘れていた知識がよみがえってきて、さらにはその知識のもつ意味を深く理解できることもあります。
以上のことを踏まえると、中学受験をめざして学んでいる子どもたちも、脳がすっきりとした状態にある、目覚めた直後、早朝の時間帯をもっと考えることや勉強に活用すべきだと思います。夜遅くまで疲れて混乱した状態にある脳に鞭を打ったところで満足に働いてくれません。10~11時頃には就寝し、翌朝早めに脳を活動させるほうがはるかによいと思いませんか?
最後は「厠上」について考えてみましょう。余談ですが、「厠」は「川屋」からきた言葉だという説があるように、排泄物を川に流すために屋外に設けられた便所を意味するようです。便所が屋内に設けられるようになるうちに消失した言葉なのでしょう。トイレの上というか、トイレの中がなぜ考えることに適しているのでしょうか。こちらは、ものを考えるにはいささか短い時間です。それでも、自分ひとりの時間思いにふけられるという条件が考え事によい場所と思わせたのでしょう。弊社の中学受験体験記には、ずいぶん前から「暗記事項は紙に書き、トイレの壁に貼って覚えた」という受験生の記述が数多く見受けられたものです。おそらく、今の受験生のなかにも同じことをしているお子さんが結構おられるのではないでしょうか。
なお、近年はウォシュレットがトイレのスタンダードになりました。においのしない清潔な個室、しかも足に負担なく腰を下ろせる場となった現代のトイレは、まさに考え事をする場所、記憶に集中するための場所としてうってつけだと言えそうですね。もちろん、トイレは「一人に一つ」というわけにはいきませんから、長居は無用ですが、ものを考える場所、覚える場所として、今も活かされているわけですから、「三上」の一つに数えられているのも頷けますね。受験生の皆さんは、家族の理解と協力を得て、トイレを大いに活用するとよいでしょう。
「机に着いた状態だと逆に集中できなくなる」というあまのじゃくな受験生もいるようです。そんな受験生は、この「三上」を組み合わせ、勉強の効率を高めるための工夫をしてみてはいかがでしょうか。
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