読書シーズンの到来に向けて

9月 22nd, 2014

20140922aa 秋の深まりとともに、暑からず寒からずのしのぎやすい毎日が訪れています。勉強をするにも、スポーツをするにも、今からしばらくの時期が一番よい気候条件が続きます。そう言えば、「天高く、馬肥ゆる秋」などという言葉があるように、「食欲の秋」でもあります。秋は、人間の活動全般に向いた季節なのでしょう。

 ただし、「~の秋」という表現で、多くのかたが真っ先に頭に浮かべるのは、「読書の秋」ではないでしょうか。日頃本を読む習慣のある人にとって、秋は時間さえ許せばずっと本を読んでいたくなるくらいの気分になる季節でもあります。

 というわけで、今回は読書に関する話題を取り上げてみました。読書をなぜするのかというと、答えは人さまざまであろうと思います。大人なら、「仕事で必要だから」「情報収集のため」「専門性を高めるため」など、実利的な目的も大きなウェートを占めるでしょう。しかし、小学生の子どもなら純粋にエンターテインメント目的で構わないと思います。本の描く世界に引き込まれ、無我夢中で楽しむ読書の体験は、一人ひとりの内面の成長に多大な寄与をしてくれるのですから。理屈など必要ありません。

 ただし、小学生時代の読書体験は、大人の読書とは明らかに違った効能をもたらせてくれます。その代表的なものが、「ワーキングメモリの発達」です。ワーキングメモリは、日本語で「作業記憶」、「作動記憶」と呼ばれるように、記憶に関わる脳の機能をとらえた言葉です。

 人間は日常生活を円滑に営むにあたり、記憶を一次的に保持したりまとめたり、不要になった記憶を捨て去ったりすることを絶え間なく行っています。こうした、脳内の情報処理を行うための‟メモ帳”のような役割を担っているのがワーキングメモリです。専門書によると、「(ワーキングメモリは、)目標志向的な課題や作業の遂行に関わるアクティブな短期性記憶である」とありました。このワーキングメモリは、脳の前頭前野が担っていると言われています。

 20140922bbおかあさんがたに身近な例をあげてみましょう。夕方、台所で食事の支度をしているときを思い浮かべてください。たとえば、料理の具材を包丁で刻みながら、電気がまのスイッチを何時に入れるかを忘れないよう心に留めます。また、鍋でお湯を沸かしながら、具材を入れるタイミングを見計らいます。焼き物の準備も同時並行して行います。そうした作業の合間に、洗濯物を手早く取り入れます。さらには、車で子どもを駅まで迎えに行く時間を間違えないよう意識に留めておきます。これで少しわかりやすくなったでしょうか。何かの目的を遂行するために、一時的に記憶を出し入れしたり、処理したりする働きがワーキングメモリです。

 実際、ワーキングメモリは日常生活のあらゆる場面でめまぐるしく働いています。算数の計算処理も、読書活動も、ワーキングメモリの働きなしには成立しません。

 では、そろそろ子どもの読書活動とワーキングメモリの関わりについて話を進めてまいりましょう。以下は、日本のワーキングメモリ研究の第一人者である京都大学の苧坂(おさか)直行氏の文献を引用したものです。一般向けに書かれているので、どなたにもわかりやすいのではないかと思います。

 「読書」は、ワーキングメモリの働きを最大限に活用する脳の働きです。文脈を辿りながら、必要な情報を取捨して頭に残し、新たな情報を加えながら次々に同じことを繰り返します。そして、読み終えた段階で、全体の印象、心に強く残った事柄、部分的に心に留めている事柄等が記憶として取り出されます。読んだ人の処理能力が違えば、当然記憶されている内容の正確さや量などにも個人差が生じます。そして、「読み」のワーキングメモリの処理能力でもう一つ重要なことがあります。どれくらいのスピードで文章を読み、情報を処理できるかということ。

 「読み」の情報処理能力を鍛え、ワーキングメモリの働きを高めておくことは、その人間の知的キャパシティの一側面を決定づけますから、子どものうちにこうした能力を鍛えておきたいものですね。「読書」を楽しむということは、楽しみながらワーキングメモリを鍛えることになります。子どもさんには、理屈抜きに「読書」を楽しんでもらいたいですね。

 読書をしているとき、子どもには「ワーキングメモリを鍛える訓練をしているのだ」という意識は全く無用です。ただひたすら物語の世界に入り込み、主人公になりきって追体験をしていけばいいのです。そうした読書活動の繰り返しを通じて、子どもは知らず知らずのうちにワーキングメモリの働きを鍛えているのです。

 長い文章を一気に読み通す体験は、それ自体を目的化してしまうと辛い拷問のようなものになってしまいます。しかし、読書のよいところは、我を忘れて楽しめるということです。脳の発達途上の子どもの読書は、「我知らず、脳の機能を成長させている」ということなのですね。

 遊びのなかにも、ワーキングメモリの発達に寄与するものがあります。たとえば、トランプの"神経衰弱"などがよい例になるでしょう。「どこにハートの11があったか」「どこにスペードの5があったか」などの記憶を脳に保持しておきながら、次にめくって出てきたカードの種類や数字を確認して、自らの記憶と照合していきます。これもワーキングメモリの働きに他なりません。

 なお、テクノロジーの進歩に伴い、人間のワーキングメモリの退化が心配されつつあります。先ほど、ワーキングメモリは”脳のメモ帳”のようなものだとお伝えしましたが、近年は携帯電話のメモ帳などのように人間の記憶の出し入れを機械が代わりにしてくれます。その結果、生活がどんどん便利になることと引き換えに、人間が脳を稼働させることで維持してきた大切な能力を、知らず知らずのうちに失っていくのではないかという懸念が現実のものになりつつあるのです。

 ワーキングメモリは、人間としての”生きる力”と言える不可欠の能力です。機械文明の進歩を、ただ諸手を挙げて歓迎するわけにはいかない面もあるのですね。

 さて、お宅のお子さんの読書活動はどんな具合でしょうか。ここまでお伝えした事柄からおわかりになったかと思いますが、読書は子どもにとって単なる楽しみにとどまらず、ワーキングメモリの働きを強化する営みに他なりません。言わば、「知的人生を送るための土台づくり」にもなっているわけです。

 さあ、読書の秋を満喫しましょう!

●おまけ
 ワーキングメモリがどんなものかを実際に体験してみませんか? 以下は、苧坂直行氏の著書から引用しました。

 次の4つの文を一つずつ、ふつうの速さで「音読」してください。同時に、下線の引いてある単語を覚えるよう、努力してください。一つ目を音読したら、直ちに二つめに移ります。止まったり、もどったり、黙読したりしてはいけません。

電車に乗り遅れたので、友人に車で送ってもらった。
・彼はぶっきらぼうだが、はいいやつだ。
・公園で昼寝をしていたら、大きなハチに刺された。
・その子どもは目を丸くして、わからないという表情をした。

 ワーキングメモリは、厳しい容量限定的性質をもっています。たとえばAさんの「読み」のワーキングメモリの容量が仮に10であるとします。音読の「読み」の処理に使われる容量を5だとすると、残り5の容量のワーキングメモリで単語を覚えて想起(報告)しなければなりません。音読することで、なかば強制的に「読み」の情報処理のワーキングメモリを消費させます。したがって、黙読したのでは、意味がありません。やってみてください。残りのどれくらい余力があるかで、4つの言葉が無事に取り出せるかどうかはっきりします。意外に難しいことを実感されると思います。
(京都大学 苧坂直行氏の文献より)

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