Archive for 7月, 2020

子どもに小言ばかり言ってしまうかたへ

月曜日, 7月 27th, 2020

 先週から弊社の夏休み講座が始まりました。ご承知のように、今年は新型コロナウィルスの感染拡大への対応で学校が長期間休校となりました。そのため、夏休み期間が大幅に短縮されており、弊社においても学校への通学がある夏休み期間は夕方から授業を行っています。また、オンラインでの受講にも対応するなど、通常の年度とはずいぶん異なる形態での夏の講座実施となっています。

 現在6年生の子どもたちにとっては、コロナ関連の問題のしわ寄せが受験勉強にも少なからず影響していることでしょう。しかしながら、入試は例年と同じ時期に実施されます。残されたあと半年ほどの準備期間を有意義に過ごし、今からでき得る最善の受験対策を実現すべくがんばっていただきたいと存じます。暑い夏の期間は、集中力が成果をあげるうえでものを言います。凌ぎやすい時間帯を有効に活かし、効率のよい受験対策を実現していただきたいですね。

 さて、いきなり質問です。みなさんは日常の生活においてお子さんに小言を言うことはありますか? これは愚問というほかないかもしれません。というのも、子どもに小言を言いたい場面のない親などおそらくほとんどいないからです。第一、子どもと親とでは人生経験があまりに違います。子どもの足りない部分をあげつらおうと思えば、数限りなく見つかるものです。まして受験生の親であれば、勉強面についてわが子に注文のつかない親などおそらく一人もおられないに決まっています。

 小言に関する親の悩みはどういうものかと言うと、大概は同じようなことで、「毎日小言ばかり口をついて出てきます。でも、利き目はせいぜいその場限り。自分でも『これではいけない』と思うのですが、わが子の現実に直面すると結局小言を言ってしまいます」などのようなことをおっしゃいます。このように、小言は効き目がないとみなさん十知っておられます。しかし、ちゃんとやらないわが子を放っておけなくなるんですね。

 なぜ小言は利き目がないのでしょう。臨床心理学者の河合隼雄氏(1928-2007)の著作(「こころの子育て」1999朝日新聞社)に、なるほどと思う記述がありました。人間は、自分の至らない点を指摘され、「こうしなさい」と命令口調で正しいことをくり返し言われ続けると、体がこわばってきて動けなくなるのだそうです。親子関係における親の小言も同じで、正しいことを言えばいいわけではないのだそうです。親に冷たい目で見られて正しいことばかり言われたらたまりません。子どもに正しいことをパッパッと言ったらいい、と思うのは親がちょっと焦り過ぎだそうです。だいいち、指導や助言をする立場のほうが圧倒的に楽です。子どもが反省して行動を改めるために必要なエネルギーは、親の想像を超えるものなのかもしれませんね。まして受験勉強は、子どもにとって楽なものではありませんから、これに関する小言ならなおさら心に重くのしかかるのは想像に難くありません。

 では、小言を減らすよい手立てというものはないのでしょうか。そのことへのヒントになる著述や、子育て中の保護者にとって参考になりそうな著述を今回はご紹介してみようと思います。今回の記事は、順調に受験生活を送っておられるお子さんのご家庭には必要のないものかもしれません。ですが、親子関係の基本的なことで悩んでおられる保護者には、参考にしていただけるかもしれません。なお、文字数の都合で引用文を調整しています。ご了承ください。

 

質問1 「早くしなさい」「それはだめ」と、小言ばかり言っています。

回答:「何か言いたくなったときに、そこで五秒待つんです。『早くしなさい!』と言うのを、ちょっと待つだけでも違います。そうすると、子どもは何か面白いことをしますよ。とにかく一息待つ。たとえば、学校へ行っていない子に『なんで行ってないの?』と聞いたら、『学校行くと友達ができるから』とか言うわけ。『変なことを言うな』と言いたくなりますが、がまんして『はー、友達ができるからねえ』と言って待っていたら、また続きがでてきて、やがて友達ができると、父親が変な病気にかかっているということがわかるからだという理由が判明します。ほんとうは父親のことで悩んでいたんですね。子どもの行為の理由を「早く言いなさい」という気持ちでいたのでは、全然待っていることにはなりません。子どもにその感じが全部伝わっているんですから。「待っている」とか「ちゃんとそこにいる」ていうのは、ほんとに難しいことです。

 

質問2 思い通りにならないのは、育て方が悪いからですか。

回答:現代は、親が子どもをコントロールできると思い過ぎているんじゃないでしょうか。近代科学が発達して便利になり過ぎているから、上手にやったらうまいこと行くとみんな思っている。それで、子育てが思い通りにならないとイライラしてしまうんですね。一人の生きた人間を育てるのは、機械を扱うようなわけにはいきません。マニュアルなどありませんから。「上手に子育てをしたら思い通りになる」というのは完全に迷信です。

 とにかく、相手は子どもで、生きている存在なんです。こちらの思い通りにならないのが生き物というものでしょう。イヌやネコでも思い通りにはなりません、まして人間の子どもが思い通りになるはずがありません。ところが自分の子どもというと、どうしてもなんか思い通りになりそうな気がするんですね。だから、子育てがうまくいかないと「自分が悪い」と罪悪感をもつ人がいるけど、そんなことはおかしいんで、どんなよい親でも、よい子でも、思うようにならないときというのは必ずあるんです。

 ほんとは、思い通りにならないことほどすごいことなんですよ。そしておもしろいことなんです。そうやって、思うようにならなくて、あれやこれや考えてもどうしようもないときは、寝るんですよ。それが一番です。目が覚めたら、また変わっていますよ。ひと晩たつって、不思議ですよ。

 

質問3 ボーっとしていることがよくあります。心配ないですか。

回答:こころができあがっていく、というのは大変なことで、まあ、お味噌とかお酒とかが発酵するみたいなものです。子どもにも、そういうボーッとしている時間が必要なんです。お酒を造るには、麹でじわじわ発酵させなきゃならない。それなのに、アルコール成分をパーっと注ぐみたいなことをして、『できました!』とか言ってたら、味もそっけもないものになってしまうのは当たり前でしょう?

 おとなだって、朝から晩までずっと死ぬ思いで働いている人なんていないですよ。みんな適当にボーっとしているはずです。そのくせ子どもには『ボンヤリするな!』なんて言う。ボーっとするのは、ただボーっとして何もしないから大事なんです。おとなだって本来はボーっとしている時間が必要なんです。ヨーロッパ人には、休暇で他所の場所に行ってボーっとする習慣があります。日本もかつては、おとなも子どもも適当に遊びに行ったり、気晴らしをしていました。

 今は、子どもを監視するほうにおとなのエネルギーが集中しています。本来子どもは成長しながら、『親の目』みたいなものを自分のなかに取り込んでいきます。ですから、休暇をとるとかとかコンサートに行くとか、広い意味での遊びをもう一度おとながやりだせばいいんです。おとながそういうことにエネルギーを集中させていてこそ、子どもは遊んだりボーっとしたりできるんです。おとなが自分の世界をもっていることは、子どものこころが育っていくうえで大きいんです。

 どうでしょう。参考になる点はあったでしょうか。筆者が少なくとも感じたのは、おとな(親)は目先のことにとらわれて、感情的になったり、拙速な行動に出たりするのではなく、子ども成長を見守り見届ける精神的なゆとりをもたなければならないということです。子どもは必ず成長していきます。それを信じて“待つ”ことを忘れないようにしたいものですね。

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子どもは何になりたい?親は何になってほしい?

月曜日, 7月 20th, 2020

 子どもには「大人になったら、〇〇になりたい」というあこがれの職業があります。また、その子の親にも、「わが子が将来〇〇のような職業に就いてくれたら」といった期待があるものです。無論、現実の社会を知っている親と、まだ世の中の何たるかを知らない無邪気な子どもとでは、思い描く職業にずれがあるのは当たり前のことでしょう。

 しかしながら、途方もない夢であれ、ささやかな夢であれ、将来の夢をもてるのは子どもの特権です。親にしても、わが子がいるからこそ「やがてはこんな職業に」「こういう人になってくれれば」という夢がもてるのですね。子どものいる家庭には夢があっていいですね。

 (株)クラレは、ランドセルなどの材料となる人工皮革の製造で知られるメーカーですが、同社が毎年実施している興味深いアンケートがあります。小学生とその保護者を対象にして、「将来何の職業に就きたいですか?」「お子さんに、将来どんな職業に就いてほしいですか?」という質問をし、その結果をウェブ等で公表しておられるのですが、その時代の世相が反映されており、とても参考になります。

 早速ですが、今年(2020年)の1~3月にかけて実施されたアンケートの結果をご紹介してみましょう。調査対象は、2020年3月に小学校卒業予定の児童とその保護者です。

 トップ10から漏れた職業にはどんなのがあったのでしょうか。ついでにご紹介しておきましょう。まずは男子から。12位が公務員で、以下は料理人、薬剤師、運転士・運転手、スポーツ関係、動物園・遊園地、芸能人・歌手・モデル、ユーチューバー、消防・レスキューの順でした。女子は11位が医療関係で、以下はデザイナー、ペットショップ・トリマー、スポーツ選手、芸能人・歌手・モデル、キャビンアテンダント、会社員、マスコミ関係、警察官、介護福祉関係の順でした。

 男子と女子では、あこがれる職業に違いがあるようですね。やはり志向性や適性などの性差が、就きたい職業にも影響を及ぼしているのでしょう。たとえば、男子にはスポーツ選手が圧倒的人気なのに対し、女子はそれほどでもありません。保育士、看護師、パティシエ、美容師、獣医師、ペットトリマー、キャビンアテンダントなどに人気があるのは、女子特有の傾向でしょう。7位の漫画家については、女性漫画家の活躍が目覚ましく、ヒット作品を知る女の子に人気なのも頷けますね。

 男子の場合、昔も今も変わらないのはスポーツ選手への憧れでしょうか。アンケート結果でもわかるように、圧倒的な人気を集めています。医師や研究者、エンジニアなども、男子に昔から人気の職業です。それに混じって3位には大工・職人が入っています。これは今年になって上位にランクインしたようですが、その理由はテレビ番組などで手仕事に関する番組が人気になっていることと関係があるようです。ゲームクリエイター、ユーチューバーなどは、最近になって登場した職種で、男子にとって魅力のある職業として認識されつつあるようですね。

 なお、男子に圧倒的人気のスポーツ選手ですが、どのようなスポーツが視野に入っているのでしょうか。上記調査によると、2020年度については1位が野球で35.0%、2位がサッカーで33.8%、3位はバスケットボールで7.5%、以下、eスポーツ5.0%、公営競技2.5%、陸上・マラソン1.3%でした。野球とサッカーは毎年人気を二分するメジャースポーツになっています。eスポーツは、近年急速に普及していますが、早速スポーツ好きの子どもの心をとらえているようですね。

 次に、保護者がわが子に就いてほしいと思う職業のトップ5をご紹介してみましょう。これも、2020年に小学校を卒業する児童の保護者に対するアンケートの結果です。

 一瞥してお気づきかと思いますが、保護者には安定した職業、ステイタス性のある職業、専門性の高い職業に人気があることがわかります。この結果は、親としての思いがなんであるかを象徴していると言えるでしょう。

 ためしに、お子さんに「大人になったらどんな仕事をしたい?」と尋ねてみてはいかがですか? すでに予想がついている保護者も多かろうとは思いますが、思いもしなかった返事に驚かされるかもしれません。有名な学者や研究者、さらにはプロスポーツで活躍した人物に関わる書物を読んで驚くのですが、子ども時代に夢中になったことや好きだったことと、大人になって就いた職業とには、かなり高い関連性があるように思います。

 というのも、児童期までに何かに打ち込む経験をすると、子どもに宿る可能性を引き出したり、今まで気づかなかった適性を目覚めさせたりすると言われます。そうして、何かのはずみで出合ったものがズバリと嵌って職業になる。そういうこともあるのではないでしょうか。大好きで取り組んでいたスポーツをなぜかやめ、別のスポーツを始めた結果、そのスポーツのプロ選手になったという人もいます。今、熱中しているスポーツがそのまま将来の職業になるとは限りませんが、一生懸命に何かに打ち込む経験は、自ずと自分に合った職業との運命的な出会いを引き寄せてくれるのだとも言えるでしょう。

 なかには、「うちの子には、将来に向けた夢がないようだ」と心配されているかたもおありかもしれません。そういうかたは、親子団らんのときなどに、「今、興味をもっているのは何?」、「最近がんばっていることってある?」などの話題を提供し、楽しい会話の時間を過ごしてみるのもよいかもしれませんね。親の考えを伝えるのではなく、お子さんが今の段階で将来に向けてどのような抱負をもっているのかを知るだけでもよいと思います。そういう話題をきっかけに、「大人になったら、何を職業にしようか」ということにお子さんの意識が向かうこともあるでしょう。小学生の頃には、様々な有名人の伝記を読む機会をもたせるのも、「自分のあこがれ」「自分のなりたいもの」を意識するきっかけになるかもしれませんね。

 みなさんのお子さんは中学受験をめざして勉強しておられると思います。この勉強も将来就く職業と無関係ではありません。わが子がどの教科にいちばん惹かれているのか、どういう分野が好きで得意なのかをご存知ですか? 親というものは、ともすればわが子が苦手なこと、嫌がる勉強のほうに目を向けて助言しがちですが、好きなこと、得意なことにも大いに目を向けて褒め称えることも必要でしょう。それによって、子どもの伸びる芽が大きく育つとしたら、それも中学受験がもたらせてくれた大きな成果の一つと言えるでしょう。

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子育ての悩みをどう乗り越えるか

月曜日, 7月 13th, 2020

 前回、「梅雨ももうすぐ開けようか~」といったようなことを冒頭に書きましたが、大雨の被害は梅雨明けの近い7月に生じがちです。今年も、梅雨前線の停滞に伴う豪雨により、河川の氾濫や決壊、土砂崩れなどによる大きな被害が各地で発生しています。特に九州では多数の犠牲者、行方不明者が出ています。これ以上被害が大きくならないことを切に念じるばかりです。広島県においても、まだまだ予断を許しません。雨の状況を掌握し、くれぐれも禍が生じないようご注意ください。

 さて、このブログ記事は弊社で広報の仕事を担当している筆者が主として書いています。ちなみに筆者は家庭学習研究社に35年あまり在籍しています。すっかり年を取ってしまいました。

 この35年程の間に、広島の中学受験事情も随分変化しました。入社初期の昭和末期ごろには、中学受験というと広島学院、修道、清心、広島女学院、広島大学附属への受験をあらかた意味していました。ところが、何年かするうちに広島にも中学受験ブームがやってきて、他の私学も軒並み受験者数を増やすようになりました(一例:広島城北中の受験者は1300名を超えました)。最も幅広く人気のあった男子校の修道には1850名前後、女子校の広島女学院には1500名近くもの受験者があったことを思い出します。

 その当時、「受ける学校の全てに合格しても不思議ではない」と思っていた受験生が、前述の2校(修道・女学院)に不合格となる事態が数多く生じるようになり、随分気持ちを落ち込ませたものです。「こんなにできる子が…」と声を失うことも少なくありませんでした。そういうことがあるたびに、お預かりした優秀なお子さんを合格に導くことができなかった自分を情けなく思ったものでした。

 あれから25~30年を経た今日、広島の中学受験事情はさらに様変わりしています。公立一貫校という新たな受け皿があるうえ、新規参入の私立一貫校もあります。さらには少子化の進行で受験者数が随分と減少しています。合格をめぐる競争は随分と緩和され、特定の学校にこだわらなければ、合格を得ることはさほど難しいことではなくなっています。

 ただし、中学受験や子育てにまつわる親の悩みは大いに減ったのかというと、そうではありません。「わが子に恵まれた教育環境を」という親の願いは、昔も今も変わりません。むしろ、少子化が進んだことでわが子に目を向けるゆとりが生じ、それが子どもの自立にとって逆効果を招いている面もあるのではないでしょうか。また、「わが子の望みをできるだけ尊重してやりたい」というものわかりのよさが、子どもの甘えを助長しているように思うこともあります。

 かつては、「チャンスは与えるが、結果は子どもしだいだ」と突き放したり、ちょっと距離を置いて見守ったりする保護者が結構おられたものです。筆者が担当したクラスに、友人が受験することを知ったのがきっかけで、中学受験というものを知った男の子がいました。ただし、初めは父親に「受験させてください」と頼んだものの、「うちはそんなことできない」とはねつけられたのだそうです。それでもあきらめきれず、何度も何度も「お願いします」と必死で懇願した結果、やっと6年生になるときに受験を認められ、弊社の教室に通い始めたのだという経緯を本人から聞き、「そんな家もあるのか」と感心したものでした。(当時、すでに「受験準備は1年では難しい」と言われていましたから、親の方針とは言えかわいそうに思ったことを記憶しています(その子は、もらった1年のチャンスを生かして猛烈に勉強し、広島学院に進学しました)。

 しかしながら、今日の親の多くはあれこれとわが子に気を回し、心配してはいろいろと手を差し伸べます。無論、子どもが恵まれているのは悪いことではありません。親がわが子に手を差し伸べるゆとりがあるのもよいことに違いありません。しかし、それが仇となって何をするにも受け身で積極性に欠ける子どもが増えているのではないでしょうか。

 臨床心理学者の河合隼雄氏(1928-2007)の著書(ある教育雑誌の特集記事を本にしてまとめたものです)に、こんなことが書かれていました。「わが子の生きる力をというと、まず何をしたらよいでしょうか」という司会者の質問に対する回答です。

 

 ああしてやってこうしてやって子どもを幸福にするというのは、子どもの生きる力を忘れているわけです。家庭教師をつけてやる、よい学校へ入れてやるというように、子どもの幸福を、親が完全に先取りしているわけですよ。子どもが本来もっている生きる力を行き詰らせている場合が多いわけです。

 ただ、それはいまの親が悪いわけじゃないんですよ。親はできるからするわけです。昔は経済的に豊かでない家庭が多かったから、家庭教師をつけたくても、大学にやりたくてもできなかった。だからかえって子どもは、人間が育っていくうえで大事な試練を、わりと自然に乗り越えられていたんです。いまはそれができない子どもが増えてきたわけです。だから、ある意味でいまの親は気の毒なんですよ。できるのにしないというのは大変なことですから。

 

 わが子が望むなら何でもしてやれる状態にある。しかし、それをすると子どものためにならないということが多い。――こういうジレンマと闘っているのが今日の親なんですね。

 そのいっぽう、「チャンスをわが子に与える」というところまでが親の仕事かというと、そうもいきません。かつては、親は何をしてやらなくても周囲に手本となる年上の子どもの存在があり、わが子が知恵や生きる力を育むうえで手を貸してくれたものです。しかし、今日の子どもを取り巻く環境には、異年齢集団の中で発生する教育力はほとんど機能していません。また、近隣の大人から情報を得たり、いろいろな教えを受けたりする機会も殆どありません。ですから、親にはチャンスを与えたあと、さらにわが子との間合いの取りかたが問われる時代になっています。それが手を差し伸べたくなる親にとっての大きな悩みになっているのではないでしょうか。

 前出の河合隼雄氏の書物から、もう一部分引用します。司会者の「子どもの教育について悩みを抱えている家庭はどうしたらよいでしょうか」という質問に対する回答です。

 

 悩んで当然なんです。私は相談に来られた方によくこう言うんです。

「親子でも夫婦でも悩みとか苦しみがない家はおかしい。これだけ時代が変わってきて、考えかたが変わりつつあるときだから、悩んで当たり前でしょう」

 と。それを悩みも迷いもなしに、親子でホイホイ生きているなんていうのは、その家は幸福だけどもおそらくまわりはすべて迷惑を被っているに違いないと冗談を言うんだけれどもね。そして、

「何もおたくだけじゃありません。恥ずかしがる必要も何もありません。むしろ悩みとか苦しみがあるのが当たり前であって、ただ、それに対してあなたがどう取り組んでいるかが問題になる」と。

 たとえば子どもの教育について、父親と母親で考えが違っていて当たり前なんです。答えが簡単に出なくて当然なんだから。家で迷ったり苦しんだりしているということに意味があるんです。

 それを認識していれば、けんかをしても破壊的にならないんですよ。そうしないと、「お前がぼんやりしているからこういうことになる」とか、「あなたがなんとかだから……」と、つまりどっちかに悪者をつくろうとするわけです。

 そうではなく、「お前みたいな考えかたもあるし、おれみたいな考えかたもあるし、多様な時代なんだ」と考えれば、話はとことんやろう、そしてうちとしてはこう決めようとか、次に進んでいくわけです。

 

 このようなことを述べた後、河合先生は「カウンセラーだって答えを用意しているわけではありません。『一緒に考えていきましょう』という姿勢でカウンセリングに臨んでいるのです」というようなことを述べておられました。このことは、親子の対話という形で、そのまま生かせるのではないでしょうか。親は子どもの話を聞き、一緒に考える。常日頃そういう姿勢で子どもとのコミュニケーションを欠かさない。そうすれば、子ども自身がどうすべきかを自分で気づけるのだと思います。自分のことなのですから、自分で考えて当然なのですが、そのことを親から言って聞かせても効果はありません。胸襟を開いた対話を通して子どもが自ずと気づく。そういうことから、子どもにまつわる心配や悩みが解決の方向へ向かうのではないかと思います。

 今日のグローバル社会で求められる人間。それは、知識量や学力に長けただけの人間ではないと言われています。身につけた知識を組み合わせ、稼働させ、自分の思考を吹き込みながら新しい何かを考えだせる人間だと言われます。また、どんな困難にもへこたれず、あきらめず、目標の遂行に向けて努力を貫ける人間だと言われます(以前、このような力は「やり抜く力(グリット)」と言われ、近年注目されていることをお伝えしました)。子どもの「創造性」や「やり抜く力」は家庭で育まれるものです。その意味において、親子間・家族間の会話(対話)は、親子・夫婦共々「わが子のために何をすべきか」についての方向性を見出すうえで、最も大切なもののひとつではないかと思います。

 さきほど、「生きる力」という言葉が出てきましたが、まさに今日の時代にはそれが求められています。わが子をどう方向づけるべきか、子育ての悩みをどう解決すべきか、今回の記事がそのことを考えるうえで多少なりとも役立てば幸いです。

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受験生の敵、“ど忘れ”にどう対処するか

月曜日, 7月 6th, 2020

 7月を迎え、もうじき梅雨も明けようかという時節ですが、弊社では夏の講座の募集がやっと佳境に入ってきました。例年なら6月早々から募集が始まり、7月初旬ともなれば大半の受講者の申し込みが終わっています。しかし、新型コロナウィルスの感染問題が尾を引いている今年は、夏の講座をどうするかということ自体も慎重に検討せざるを得ない状況にありました。

 幸い、5月上旬以後、新たな感染者が確認されていないということで、夏の講座を実施することにしたしだいです(残念ながら、7月1日に新たな感染者が1名確認されています)。今からの申し込みも可能ですので、検討しておられるご家庭におかれてはぜひ参加を賜りますようご案内申し上げます。

 さて、今回は受験生にとっての大きな悩みの一つをとりあげてみました。それは、せっかく覚えたことを肝心なときに忘れてしまうという問題です。一生懸命覚え、すでに身につけているはずの事柄が、いざテストのときに思い出せない。喉元まで来ているのに言葉として取り出せない。こんなときは本当にイライラやモヤモヤが募るものです。

 最近、この問題をテーマに掲げたかのような本と出合いました。脳科学者として知られる茂木健一郎氏の著作で、「ど忘れをチャンスに変える 思い出す力」という書名の本です(2019 河出書房新社)。「これはおもしろそうだ」と思って読んでみました。すると、「受験生の子どもたち、保護者の方々にお伝えしたいな」と思うことがたくさん書かれていました。そこで今回はその内容の一部をご紹介してみようと思います。中学受験生をおもちのご家庭の参考にしていただけたなら幸いです。

 上記書物のなかから、まずは保護者のかたにお伝えしたい記述部分をご紹介しましょう。

 

 ど忘れの状態は何なのかというと、脳の前頭葉は「自分はこれを覚えている」ということを知っているのですが、側頭連合野がうまく答えを返してこない状態です。

 前頭葉は、「これは体験したことがあって、絶対に知っている」とわかっているので、「これを思い出せ!」と側頭連合野に問い合わせているのですが、側頭連合野から答えが返ってこず、じりじりとしています。ここで不快に耐えて、答えが返ってくるまで粘り、ついに思い出すと、「これだよ!やっと思い出せた!うれしい!」と報酬物質であるドーパミンが放出されます。

 脳には、ドーパミンが放出されると、そのときにやっていたことをまたやりたくなるという性質があります。ど忘れして、苦労して思い出せたことによって、最初の不快をはるかに超える大きな快を得るので、「思い出すことは楽しいのだ」「思い出すことをもっとやりたい」と、脳の思い出すことにかかわる回路が強化されます。

ど忘れすることがあるからこそ、思い出す回路を強化する機会に恵まれるのだということです。

 

 学習によって得た知識は、脳の奥深くにある海馬という器官で長期記憶に加工されるということは、これまで何回かお伝えしました。ただし、海馬は長期記憶の保管場所ではありません。保管場所は別のところにあります。すなわち、約1カ月かけて長期記憶に加工された知識は、やがて側頭葉に転送され、周辺に分散して格納保管されます。ただし、せっかく覚えたはずの知識も、肝心なときに脳の司令塔である前頭葉の呼び出しに反応してくれないことがあります。

 上記引用文にもあるように、思い出せないときにすぐあきらめるのではなく、「あれって、何だったっけ?」と自分に問いかけ、記憶を手繰り寄せようと思考を巡らせることが大切です。みなさんご承知のように、何かの拍子に呼び出したかった言葉が出てきたときは、ほんとうにうれしいものです。そういうときの快感は、次なる学びに向けたエネルギーを生み出してくれます。こういうことの連鎖によって、人間は頭がよくなるのですね。

 以上から言えるのは、“ど忘れ”を忌み嫌う必要はないということです。“ど忘れ”があるからこそ、思い出す回路を強化する機会に恵まれるのだということです。茂木先生によると、「自分が知っている」という感覚は、「Feeling of knowing(知っている感覚)」とか「Tip of the tongue phenomenon(舌の先まで出ているという舌先現象)」などと言われ、欧米で長く研究対象とされてきたことだそうです。

 前出の茂木先生によると、“ど忘れ”というのは全く忘れている状態ではありません。記憶として残っているものの、はっきりとした明確な記憶にまでは至っていない状態を示すそうです。そのことを踏まえるなら、“ど忘れ”したときには、すぐにあきらめてしまうのではなく、頭の引き出しから取り出そうともがくことが重要なんですね。そういう経験が脳を鍛え、頭をよくするのです。

 とは言え、誰だってテストのたびに“ど忘れ”をして悔しい思いをするのは嫌なものです。思い出すことが上手になれれば、それに越したことはありません。茂木先生は、思い出す方法は2種類あると述べておられます。それをざっとご紹介してみましょう(主に上記著書から引用しています)。

 

1.デフォルト・モード・ネットワークを生かす

 1つは、無意識の脳の働きや特性を生かして思い出す方法です。デフォルト・モード・ネットワークとは、意識して思い出そうとするのではなく、リラックスしたときによく働く脳部位です。脳は、集中しているときに鍛えられると思い込む人がいますが、それは間違いです。

 休んでいるとき、脳は勝手に様々なことを思い出して、体験と体験とを結びつけ、記憶の整理をします。何かに集中してばかりいたら、情報が入ってくるばかりで、脳が整理の時間を取れません。

 われわれが何もしないでいると、脳はようやく記憶を整理し始めます。つまり、ぼーっとして、心をさまよわせる、というのは「無駄」な時間に見えますが、大事な整理をしている時間なのです。デフォルト・モード・ネットワークが一番働くのは、眠っているときや、シャワーを浴びているとき、散歩をしているときなどです。

 

2.あえて意識的に「思い出す」時間をつくる

 都合のよいことは何度思い出してもいいけれど、都合の悪いことはあまり思い出したくなくて抑制してしまう。そういう繰り返しの経験によって、神経細胞がつなぎ替えられて、人によって思い出しかたの癖のようなものができてきます。よいことばかり思い出して、嫌なことを思い出さない人がいます。また逆に、嫌なことばかり思い出しがちな人もいるかもしれません。(中略)

 嫌なことを抑制するタイプ、嫌なことばかり考えてしまうタイプ、どちらにしても、自分の思い出しかたの癖を脱却するために、普段思い出さないことを意識的に思い出すようにするのです。

 はっきりと意識するということは、前頭葉に記憶が引き出されるということです。前頭葉は脳の司令塔ですから、そこに記憶が引き出されることで、この記憶をどうしようか、どういう意味があったのか、と改めて脳のさまざまな領域に問い合わせができるようになります。

 

 さて、上記のことをお子さんの受験勉強に生かすとしたらどういうことになるでしょうか。すでにヒントが思い浮かんだかたもおありかもしれませんね。

 は、脳が休憩モードにあり、リラックスしているときに記憶が引き出されやすいということでしょう。仕事や学習にばかり追われていると、脳は記憶を整理する余裕がありませんが、のんびりと休んでいるような状態になると、取り出したい必要な知識や考えを引き出せる状態になるのでしょう。このことから言えるのは、勉強に追われる状態ばかりでは記憶は整理されず、引き出しやすい状態に整えることができません。うまく休憩を取ったり、ときには散歩などの息抜きをしたり、夜はぐっすりと眠ったりすることが必要なんですね。やるときは集中し、その代わりに脳を休める時間もしっかり設ける。メリハリのある受験生活を送ることが有効だということになりますね。

 についてはどうでしょうか。やや短絡な発想かもしれませんが、筆者は「復習」を連想しました。成績のよかったテストは見直す気になりますが、成績の悪かったときの答案は見直したくなくなる。とかくこういうふうになりがちですが、思い出したくないテストのなかにこそ、思い出して記憶に焼き付けておきたい知識がいっぱい詰まっているはずです。結果の思わしくなかったときのテストこそ、見直しややり直しによって力を蓄える要素がたっぷりとあります。復習によって「今度は大丈夫!」というレベルに記憶を植えつけておくことは、力をつけるうえで大いに有効なだけでなく、次の勉強に向かううえで必要な自信ややる気につながることでしょう。

 は、ある意味において対極をなす「思い出す力を養うための方法」であると言えるでしょう。とかく私たちは、たくさん覚える、時間を投入する、集中するなど、一生懸命に取り組むことばかり考えがちですが、学んで得た知識を使える状態にするには、脳に一息入れさせることも重要なのですね。その一方、思い出そうとする時間を意図的に設けることで、記憶の回路を働かせるための訓練をすることも大事だということもわかりました。受験生活においては、この二つを意識して取り入れてみてはいかがでしょうか。

 子どもたちには、“ど忘れ”をしてもどかしい思いを大いに経験していただきたいですね。学んだことを思い出せないのはいけないことではなく、脳を鍛えるうえでよいチャンスなのだということをお子さんに伝えてあげてください。

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Posted in がんばる子どもたち, アドバイス, 勉強について