2021 年 4 月 のアーカイブ

これからの時代を生き抜くための資質とは!?

2021 年 4 月 26 日 月曜日

 言うまでもなく、弊社会員の保護者はお子さんの中学受験を視野に入れておられると思います。中学受験の対象は、国・公・私立の6か年一貫校です。これらの学校がなぜ人気かというと、優れた教育環境を備え、人間的成長が期待できるだけでなく、大学への進学や社会への参入にあたってもハイレベルな選択が可能となるからでしょう。つまり、お子さんが将来知的な人生、有意義で実のある人生を送ることを願っての中学受験だと言えるでしょう。

 ただし、志望校に合格したからと言って必ず期待通りの人生が得られるわけではないことも周知のことと思います。今日の高度な情報化社会、グローバル社会はある意味行き詰っています。特に先進国においては、豊かになった社会がもたらした弊害が深刻なレベルに達しています。高学歴であっても希望する職業につけず、生きる目標を失った若者が多数存在します。

 そこで今回は、目の前にある中学受験をどうクリアするかということと同時に、受験の助走をもっと積極的な意味合いで捉え、「どのような受験生活を送っておくことが望ましいか」について保護者の方々に考えていただくことを提案するしだいです。とは言え、筆者にたいした見識があるわけではなく、保護者に説得力のある提案ができるわけでもありません。しかしながら、保護者が目の前の受験をクリアすることだけを考えるか、もっと先も考えるかによって、受験生活は随分と違ったものになりますし、お子さん自身の成長の内実も変わってくると思います。今からお伝えすることが、保護者にとって多少なりとも参考になれば幸いです。

 では、今日の社会で求められる資質や能力とはどのようなものかをまずは考えてみましょう。以下は、ノンフィクション作家のイアン・レズリー(英)氏の著書からの引用です。

 これからは豊かな好奇心の持ち主が求められる時代になるだろう。雇用主が求めているのは決められた手順をそつなくこなして指示に従うだけでなく、それ以上の貢献ができるタイプだ。つまり自ら学習し、問題を解決し、鋭い疑問を投げかける意欲のある人材が必要とされている。そういった人材を管理するには難しさがつきまとう。個人的な関心や情熱のせいで思いもよらない方向へ寄り道したり、型にはまった考えを押しつけようとするとパフォーマンスが落ちたりするからだ。しかし、そういった難しさを差し引いても、彼らの多くは非常に有益な存在である。

 好奇心に満ちた学習者は深く、そして広く学ぶ。専門知識と高度な判断能力を必要とする職務、たとえば金融業やソフトウェア開発といった分野の仕事に向いている。また、異なる分野の知識をつなぎ合わせて新たな知恵を生みだす創造的な活動が得意なことが多く、複数の専門分野を横断するチームで働くのにいちばん適しているのもこのタイプである。つまり、人工知能がもっとも苦手とするような仕事を担う存在だ。ホワイトカラーの職場さえ人間の仕事が急速にテクノロジーに置き換えられつつある世界では、もはや賢いだけでは生き残れない。コンピューターは賢い。だがどれほど高性能でも、今のところ好奇心旺盛なコンピューターは存在しない。

 「好奇心の旺盛な人間」のことを、前述のイアン・レズリー氏は「認知欲求の強い人」と表現しておられます。自分の周囲を取り巻く世界のことを「もっと知りたい!」という、強い願望をもつ人が当てはまります。こういったタイプの人間は、何でも近道をしたがる人間とは一線を画し、無駄に終わるかもしれないリスクをあえておかし、探求心や知的欲求を充足させることに喜びを見出します。

 では、みなさんのお子さんの認知欲求は今どれぐらいの状態にあるでしょうか。簡単にチェックしてみましょう。以下の10項目について、お子さんの現状に照らし、YESかNOで答えてみてください(質問項目は、イアン・レズリー氏の文献から引用しました。多少調整しています)。

 お気づきでしょうが、奇数番号の項目にYESと答え、偶数番号の項目にNOと答えておられれば、お子さんの認知欲求は強いと判断できるでしょう。

 好奇心に溢れ、知らないままで済ませたくない人間は、常に探求心を稼働させて知りたいことの本質へと迫り続けます。こういう姿勢をもっていれば、中学高校、そして大学での学びも充実することでしょうし、おそらくやりたいこと、就きたい職業も自分で見つけ出せるのではないでしょうか。そういう人間に成長していけるかどうかは、今の生活の送りかた、受験勉強のありかたと決して無関係ではないように思います。

 おたくのお子さんが毎日の学習生活で、「これってどういうこと?」「おもしろい!もっと詳しく知りたい」などと、常に新規の学習事項の中から興味の対象を見つけ出し、夢中になって調べたり考えたりするような傾向が強いなら、認知欲求の強いタイプの人間になれる資質が大いにあるでしょう。このまま成長してほしいですね。

 いっぽう、お子さんが新たな分野に興味をもちたがらない、知りたいという欲求を満足させようという姿勢が足りないように見えたなら、もっと認知欲求の度合いを高めるような働きかけを保護者からしていく必要があるかもしれません。受験のためにしかたなくやる勉強では成果もあがりませんし、生きた学力も身につかないからです。

 中学受験準備の学習は、どの教科をとっても大人になるうえでの基礎となる内容を携えており、より深く知ろうという欲求を刺激してくれる要素がたっぷりとあります。試しにお子さんのテキストを点検してみてください。算数など、大人ですら解決法を見つけたときは歓声をあげたくなるほどの喜びを与えてくれます。理科や社会は、中学や高校で学ぶ内容と遜色がありません。とても興味深いおもしろい内容がぎっしり詰まっています。国語の素材文を読むと、大人でも感激したり、悲しみに沈んだりすることもあります。そうした教科の面白さや奥行きの深さにふれる醍醐味を、お子さんと共有する時間を設けてみてはいかがでしょうか。

 もうすぐゴールデンウィークがやってきます。通年であれば、行楽地に出向くプランもあるでしょうが、今年はコロナの第4波のさなかにあり、レジャーどころではありません。家の中で過ごすことが多いでしょうから、おとうさんやおかあさんが「今、どんなことを勉強しているの?」と声をかけ、お子さんの学んでいることに少しばかり関わってみてはいかがでしょうか。お子さんに「これって面白いよね」などと声をかけ、感想をやりとりすることで、よい刺激を与えることができるかもしれません。

 中学受験の勉強は決して無味乾燥なものではありません。人生を生き抜くうえでの知恵を授けてくれるものであり、心豊かな人間に成長するために欠かせないエネルギーを注ぎ込んでくれるものです。お子さんがそのことに多少なりとも気づいたなら、勉強への取り組みも積極性を帯びてくることでしょう。窮屈で不便な今年のゴールデンウィークですが、転じて家族の絆を深め、お子さんの認知欲求に火をともす有意義なひとときにしていただければ幸いです。

※今回の記事は、「子どもは40000回質問する」イアン・レズリー/著 光文社 を参考(一部引用)にして書きました。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 勉強について, 子どもの発達, 子育てについて, 学問について, 家庭での教育, 家庭学習研究社の理念

国語は70~80点取れば十分!?

2021 年 4 月 19 日 月曜日

 みなさんのお子さんは、国語が得意ですか? それとも苦手ですか? 言わずもがなですが、入試対策の勉強で国語を苦手にする受験生は少なくありません。そもそも、初等教育の大目標は母国語の習得にあり、子どもたちはその途上で受験勉強をしているのですから、求められる言語レベルに届かず苦労する可能性は十分にあります。特に語彙獲得や思考の発達が遅れがちな男子の場合、「国語は苦手」と感じるのは無理もありません。

 中学受験において、国語は算数と並ぶ主要な科目で、理科や社会よりも配点が高いのが普通です。理由は上述のとおり母国語を学ぶ科目であり、日常で欠かせない生活語に密着する科目であり、知識獲得の手段となる言葉を扱う科目だからです。ですから、国語のない中学入試はほとんど存在しません。

 中学入試における国語の特徴は、「苦手にすると、大きなハンディとなる(他の受験生に差をつけられてしまう)いっぽう、他者に大きな差をつけるのは難しい科目である」ということでしょうか。たとえば、弊社のマナビーテストの成績を調べると、算数や理科、社会と比べると、100点(満点)が滅多に出ない科目です。90点以上の上位者も稀で、60~70点台がボリュームゾーンとなっています。また、50点以下、特に40点以下の受験生は他の科目よりも少ないという特徴があります。

 差がつきにくい理由としては、国語が日常の読み書きに関わる科目であるということがあげられるでしょう。また、日本語環境で育った子どもなら、たいてい日本語の読み書き能力は一定の水準に達しています。ですから誰でも一定の読み書き能力は携えています。ですから、差がつきにくいのは当然かもしれません。その代わり苦手にすると厄介です。大多数がクリアしている問題を落としてしまうのですから、入試で大きな不利をかこつのは必定です。

 もう一つ、高得点を得にくい理由は何でしょうか。国語には単元割がなく、文学的文章(物語)、説明文、随筆、詩などの大ざっぱなジャンル分けがあるにすぎません。したがって、何を勉強したらよいのかがわかりにくい科目です。また、物語の設問に対する正解は、絶対的な基準で説明できるものではなく、あくまでも出題者の理解や考えに合致した答えが正解とされます。つまり、感覚的というか、感情が入り込んでおり、なかにはいくら説明しても「納得できない」と首を振るお子さんもいます。勢い、常識的な判断基準を心得ている回答者が有利になりがちです。「本は好きだけど、国語のテストは苦手」というお子さんがいるのはそのためかもしれません。

 国語の試験について、数学者の藤原正彦氏は次のようなことを述べておられます。

 (前 略)生徒の国語能力をいかにして正確に測るかは、現場の先生方の直面する大問題であろう。言語的側面に関しては、どんな方法でもかなり精確な能力判定が可能であろうが、人間の情操面を、試験でどのように測ったらよいかは難問である。従来の試験問題がそのためのよい物差しであったかどうか、私は大いなる疑問を持っている。

 従来の方法とは主に、文章や詩を読ませてその要旨を何らかの形で述べさせるというタイプのものであるが、これは、敗者の繰り言ではないが、優れた方法ではないと思う。この方法では通常、(中 略)出題者と自分の見解がうまく一致した場合のみ正しく、他の個性的な解答はすべて減点である。これでは生徒のもつ多様な個性を否定し、画一的発想を強要することになりかねない。

 そもそも、出題者が本当に正しい答を持っているかが怪しいうえ、はたして正答なるものがいったい存在するのかどうかさえ確かではない。文章や詩の解釈は、読む者によって異なってもしかたないし、むしろ異なるのが普通である。法律のように、使われる言葉の定義がかなり明確にしてあっても、裁判では文章の解釈に大きな違いが起きてしばしば問題となる。詩や小説においてはなおさらで、鑑賞のしかたが一意的でないところが、文学の深さ、面白さなのだろうとさえ思える。

 藤原正彦氏の両親は作家です(父親は新田次郎、母親は藤原てい)。氏自身は数学者になられましたが、育った家庭環境の影響もあるのでしょうか。優れた著作を多数残されています。上記の文も著作の一部ですが、別の箇所で著作への読者からの反応や感想が実に様々であることを述べておられました。書いた本人も気づかないような受け止めかたや理解があることに気づき、驚かされたそうです。

 そういえば、かつて入試問題の分析をする国語担当者の会議で、正解がどれかについて担当者間で対立が生じたことがありました。そのとき、どうしても考えを譲らない相手に対して、「これはあなたの感性の問題です!」と語気を荒げた人がいました。まさにどう感じ取るかの違いですから結論に至らず、座が重苦しい雰囲気に包まれたことを思い出します。

 以上のような事情に鑑みると、「国語は、70~80点取れればよいとすべき科目だ」と言えるでしょう。その代わり、「国語を苦手なままにすると、入試合格は覚束なくなる」とも言えるでしょう。入試まで時間があまり残されていない6年生のお子さんはともかく、それよりも下の学年のお子さんに関しては、文章を読むこと、本を読むことに慣れ親しむことを励行してほしいですね。苦手になったことを悔やんでも後悔先に立たず。しかし、「国語は嫌いだ」とか「本を読むのはイヤだ」という状況に至ってしまうと、国語の入試対策はお手上げになりかねません。まずは「苦手だけど、嫌いじゃない」というところで食い止め、そこから巻き返してほしいですね。

 さて、次は対策について少し思ったことを書いてみます。いろいろと考察してみると、どうやら文章の解釈が人によって異なるのは当然のことのようです。このことに鑑みるなら、テストで出題された心理解釈の問い(例:選択肢の問題)に誤答したお子さんに、「どうして間違ったの?」と問い詰めるのは賢明な方法ではありません。また、答えをただ教えるだけでは、まったく同じ問題が出ない限り何の手助けにもなりません。

  それよりも、お子さんの国語力(読解力)を高めるうえで効果があるのは、文中の表現をもとに考えるプロセスを経験させ、その面白さに気づかせることではないでしょうか。たとえばア~エの選択肢問題の場合、どのように考えて正解のアではなく、イを選んだのかをお子さんに説明させ、「なるほど、あなたはそういうふうに受け取ったんだね」と返してやりながら、そのやりとりを通して、登場人物の言動やしぐさ、情景の描写などをもとに心情を推察する練習を手伝ってあげるのもよいかもしれません。

 推理小説のみならず、読書の楽しさは次の展開を予測し推理するところにあります。答えはイではなく、アになることの理由を文章中の表現を頼りに推測していく体験を、遊び感覚でも構いませんから、保護者のサポートでやっているうちに、「答えを導く出すためのヒントは、文章中の表現のなかにあるのだ」ということに段々とお子さんは気づくことでしょう。

 それをきっかけにして、「もっと別の文章(物語)を読んでみたい!」と、いろいろな本に手を伸ばすようになるかもしれませんね。こうして、描写と人物の心情の関係をつなぎ合わせながら読む姿勢が生まれれば、男子に多い「人物の気持ちを考えるのは苦手」という意識は随分と薄まるのではないでしょうか。正解と自分の選んだ答えとが違っていても、「そういうこともある。それが国語の面白さだ」と受け入れられるようになることでしょう。

 このような勉強の繰り返しを通じて、しだいに読み取りの能力を高めていき、最終的に6~7割ぐらいの正解を平均して得られるようになれば十分でしょう。80点以上をしばしばとれるようなら素晴らしいです。国語が苦手なお子さんは、とりあえず他の受験生と差をつけられなければよいのだというくらいに考え、まずは読み取りのコツをつかむこと、そしていろいろな文章に接することを好きになることをめざせばよいのです。そうすれば、得意な科目で勝負できる態勢が整っていきます。

※上記引用文は、「数学者の言葉では」藤原正彦/著  新潮文庫 によります。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 勉強について, 勉強の仕方

受験突破は、テスト上手になることから!

2021 年 4 月 12 日 月曜日

 2021年度の講座が開講して約1カ月半が経過しました。2週間に1度の割合で実施されるマナビーテストも、先週の土曜日で3回目が終わっています。お子さんは、このテストに対してどんな反応を示しておられるでしょうか。テストの結果を楽しみにし、しっかりと備えをしておられるようならいいですね。

 開講から当分の間は、受験勉強の慣らし運転の時期であり、保護者には「当分は、授業の受けかた、家庭勉強のしかたなど、受験態勢を整えるうえで基本となる事柄の習得を優先してください」とお伝えしています。授業においても、そういった趣旨に基づく内容の指導をしており、比較的ゆったりとした雰囲気のもと、子どもたちが受験生活に少しずつ馴染んでくださることを念じながら見守っています。

 前回のブログ記事においても、テスト成績よりも「努力しているかどうか」を重要視していただくようお願いしています。テスト成績は、勉強の態勢が整ったなら自然と上向きになるものです。今は「いかに取り組むか」を優先し、当面の成績は参考程度にしていただきたいですね。

 とは言え、テストがあれば誰しも結果が気になるものです。どうかすると、成績を見ては親も子どもも一喜一憂しがちです。テストの結果がよくないと「自分は能力がない」とやる気を失うお子さんがおられるかもしれません。そこでまずは、「テストとは何か」ということについてお伝えしておこうと思います。

 まずもって心に留めていただきたいのは、テスト成績は能力を判定するものではないということです。テストは、当該単元の学習事項の理解度や技能の習得状況を判定するものであり、お子さんの学びの現実を振り返ったり、励みを見出したり、今ある問題点を明らかにしたり、当面クリアすべき目標を定めたりするためにあるのです。つまり、テストは学びの現状をつまびらかにし、対策を施して学びのレベルを上げていくためにあるのです。

 また、テストがあると誰だって○(丸)が欲しくなります。いくら落ち着きのない子どもでも、おしゃべりばかりしている子どもでも、真剣な眼差しで集中して取り組みます。テストの最中、子どもは必死に記憶の引き出しから問いに対応する知識を取り出そうとしたり、課題突破の糸口を探り当てようと思考を繰り返したりしています。つまり、普段では期待できないほど集中し、考えることにエネルギーを注いでいるのです。このこと自体がテストの重要な効能なのです。テストを受けることで、脳に格納されている知識を再び思考のテーブルに載せ、重要な知識として深く刻み付けることができるのですから。これは普段の勉強では得られない成果です。つまり、テストは記憶強化装置の役割を果たしているのですね。

 以上のようなテスト体験を2週間ごとに循環させる。それによって、受験で求められる学力へと少しずつ近づいていくわけです。その前提となるのは、正しい取り組みの方法を身につけることと、やるべきことを計画的にやり抜く姿勢を身につけることです。開講後しばらくは取り組みかたを学び、受験勉強を軌道に乗せることを優先した指導をするのはそのためです。お子さんが自分のやるべきことを精いっぱいやり「次こそは!」という意気込みで毎回のテストに臨む。このような受験生活を、少しずつ実現していただきたいですね。

 今の段階で、保護者から見てお子さんがやるべきことを理解し、積極的に勉強に取り組んでテストを受けておられるようでしたら問題ありません。前回のブログでお伝えしたような事柄を踏まえ、「努力」の度合いをみながらほめたり励ましたりをくり返していただきたいですね。きっとお子さんは、上述のようなテスト制度のもたらす効能を享受し、学力を大いに伸ばしていけることでしょう。

 問題は、やるべきことがわかっていない、やれていないお子さんです。お子さんがそういうケースに当てはまっているように思われたなら、一刻も早く手を打つ必要があります。お子さんは、塾での授業のことを家庭で保護者に笑顔で報告しておられますか。家庭では、やるべきことを理解し、計画に沿って取り組んでおられますか? こうしたことに何も問題がないのに、テストがさっぱりできないということは普通考えられません。勉強のどこかに問題があるはずです。それを今のうちに掌握し、対策を施しておく必要があります。何しろ、新年度の講座はまだ始まったばかりなのですから。

 そこで、テスト成績が親から見て腑に落ちないほど芳しくないと感じておられる保護者のかたには、次のような観点から現状を調べてみることをお勧めします(主に算数を念頭に置いて書いています)。

 ノートに何が書かれているでしょうか。「授業」の板書や、授業で取り組んだことの記録が残されているかどうかを確かめてください。授業においては、指導担当者がその回の授業の大切な考えかたについて板書にしてまとめています。それがノートに残されていなければ、ちゃんと授業を受けておられない、授業を聞いておられない可能性があります。

 テキストの問題が、やりっぱなし、もしくはやっていない状態になっていませんか? 4年部では保護者に〇つけをお願いしています。どの程度取り組み、どれぐらいできているでしょうか。間違った問題の直しはしておられるでしょうか。それをしないと成果は得られません。

 

 お子さんに、折をみて授業でテキストのどこをやり、家庭では何に取り組んでいるのかを尋ねてみてください。上手にすらすら言えるお子さんは僅かです。だいたいのことが言えればまずまずでしょう(叱らないようお願いします)。

 塾でやることと、家庭でやることの連動性がまるでわかっていないようであれば、授業も家庭学習も生きたものになりません。授業で基本となる理屈を学び、いくつか基本問題に取り組みます。家では練習問題の残りをやりながらおさらいをしたり、応用的な問題に取り組んだりします。今の状態に合わせ、無理にテキストの最後の問題までやる必要はありません。

 

 テキストの2週目後半は「がんばりチェック」というまとめの学習になっています。これに丁寧に取り組んだり、副教材を割りあて週に沿ってやったりしていれば、テスト対策はある程度的を射たものになります。

 面倒ですが、開講後に実施されたマナビーテストの答案用紙も併せてチェックし、やるべきことをやってテストに臨めていたかどうかを調べてみてください。空欄がたくさんあったり、副教材からの問いに答えられていなかったりしているようですと、改善の余地があります。答案から、現在の学びの問題点がいっぱい見つかるものです。

 やるべきことをやっていないかったのか、苦手な単元だったのか、つまらないミスを繰り返しているのかなど、返却された答案をみればわかりますし、いろいろと打つべき対策も見えてくるものです。

 

 なお、勉強について親子で話をするとき、親はどうしてもイライラしたり、怒りっぽくなったりしがちです。しかしながら、それでは勉強の改善に向けた建設的な話し合いはできません。また、親が一方的に注意したり指示や命令を出したりすると、お子さんの反省は望めなくなります。お子さんが、一歩ずつ現状を改めて行けばいいのです。好循環の流れが見られるようになるまで、辛抱強く付き合ってあげてください。

 やるべきことがわかり、ある程度テストへの備えができたという実感が得られると、お子さんはテストに対して能動的な気持ちになり、「今度はいい結果が得られるかも」と、意気込みをもって臨むようになっていきます。わが子が塾に楽しく通い、家庭でも計画的に勉強に勤しむ受験生活を、まずは実現していきましょう。問題点は早期発見、早期対処が基本です。

 今やっている勉強は、「授業と家庭学習の反復」を基本としています。このやりかたは、中学高校生になってからも大切にすべきものであり、今しっかりと身につけておけば‟一生もの”として学びの人生を支えてくれるでしょう。だからこそ、今の学びを大切にしていただきたいのです。

 もしも、お子さんの勉強の現状がよくわからず、塾での授業や家庭勉強についてどう判断してよいかわからない保護者がおられましたら、通学校の責任者(校舎長)もしくは教科の指導担当者にご連絡ください。必要な場合は、校舎にて面談をしたり、アドバイスをしたりするなどの対応をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 中学受験, 勉強について, 勉強の仕方, 家庭での教育

やるべきことを、やらずにはいられない子どもにするには?

2021 年 4 月 5 日 月曜日

 前回は、「学びの自立」こそ中学受験を志す子どもたちに求められるいちばんの課題であるということをお伝えしました。今回はその続きを書いてみようと思います。

 受験生とは言ってもまだ小学生ですから、はじめから自分ですべてを賄いながら受験生活を送れる子どもは皆無です。本人任せにすると、たいがいはやるべきことがおざなりになってしまうのが現実です。たとえば、忙しくてしばらく目を離していたら、わが子がいい加減な勉強をくり返していることに気づき、慌てた経験のある保護者はおられませんか? 放っておくと、大概はそうなってしまうのが小学生です。そこで、継続的に子どもの勉強を見守り、声をかけたり、取り組みの手助けをしたりすることも必要になってきます。

 ただし、こうした大人のサポートは、ともすれば過剰な介入になったり、大人に依存する勉強を染みつかせたりする危険性をはらんでいます。しかしながら、子どもの自律的な学びの姿勢をスポイルする受験対策で受かったとしても、子どもは中学進学後に壁に突き当たってしまうことについては前回お伝えしたとおりです。

 そこで保護者にみなさまにお考えいただきたいのは、「わが子が自ら学ぼうという積極性の伴った受験勉強を実現するにはどうしたらよいか」ということです。もう少し具体的に言えば、「まだ目標の達成を目指して学ぶには幼い段階にある小学生に、いかにして自ら進んで勉強する姿勢を植えつけるか」ということになるでしょう。

 ここでまず心に留めていただきたいのは、児童期の子どもは基本的に親の庇護のもとで生活しており、親の価値観に従って行動しているということです。自分の考えにこだわりをもち、親に反発しているかのように見える子どもでも、心の奥底では親に依存し、親に愛されたい、親にほめられたい、親の言うような人間になりたいという気持ちを強くもっているものです。この現実を踏まえたうえで、子どもの受験勉強に適切な関わりかたをすることが求められるのではないでしょうか。

 たとえば、子どもの自立勉強を実現する原動力は何かを踏まえた親の関わりといった観点から考えられる重要ポイントを三つほどあげてみましょう。では早速一つめから。

 まずはごく基本的なことになりますが、「生活上、自分のことは自分でする」ということができていないと、勉強の自立もあり得ないということがあげられます。

 お子さんの現状を振り返ってみてください。身の回りのことについてどれだけ自立しておられるでしょうか。たとえば、親に起こしてもらわないと起床できないといったようなことはありませんか? これでは自立勉強の姿勢を培うのは難しいのではないでしょうか。

 自立は生活の全ての側面と根底でつながっています。何でも自分でできることを自分でするのは当たり前であるという意識を子どもにもたせ、実行することを奨励してあげてください。中学受験は小学生にとって特別なことではありますが、さりとて特別扱いが必要だということではないはずです。それが甘えを助長することにつながりかねません。

 むしろ、手伝いをするのは家族の一員として当然のことであり、習い事やスポーツとの両立は一人前の人間になるうえで必須のことなのだという意識をもたせ、甘えを許さない姿勢で親は臨むべきではないでしょうか。そして、子どもがそれをちゃんとやり遂げようとする姿勢を喜びほめるのです。そうすることで、子どもは親が何を自分に望んでいるのか、どういう価値観をもっているのかを理解し、親の意向に沿おうとするでしょうし、また自分から率先して物事に取り組むことに対して誇りをもつようになるのだと思います。

 つぎは、自分がすべきことをやり遂げようとする姿勢を育むための働きかけをとりあげてみました。

 おたくでは、学習計画に基づいて勉強に取り組む生活ができあがっていますか? とは言え、多くのご家庭の悩みは「時間になっても勉強を始めない」ということだと思います。なぜなら、勉強は楽ではないし、他の楽しみと比べる魅力的とは言い難いからです。ですから、やらない子どもに「早く勉強しなさい!」という命令は逆効果であり、そこは親もひと工夫が求められるところです。

 まずはお子さんに計画的な取り組みの重要性を丁寧に説明してあげてください。たとえば、計画性が身につくと勉強を始めるときの重たい決意が不要になります。何から手をつけたらよいかで迷うこともなくなります。計画に沿った勉強をある程度続けていると、やがてやるのが当たり前になり、勉強にリズムが生まれてきます。そうなると、勉強の面白味もわかってきます。当然成果や手応えも得られるようになり、ついには「やらずにはいられない」という高いレベルに到達するのです。「誰でもそうなれるんだ」と励ましてやりましょう。

 ポイントは、お子さんに「自ら取り組む」ことの気持ちよさを味わわせることです。いつまでもテレビを観ていたら、「あれ? 勉強の時間が来たみたいだね」と、叱らずにお子さんを促すのです。誰だって、よいことは「自分からしている」と思いたいもの。そういう子どものプライドに配慮する声かけが有効なんですね。そして、やり終えたのをさりげなく見届け、「よくやっているね」「感心だね」などとほめてやるのです。親に言われてするのとは格段に違う心地よさが勉強の実行力を後押ししてくれることでしょう。ここまで配慮するのは大変ですが、うまくいけば子どもの自立に向けて大変な収穫を得ることになります。

 三つめは、学習に取り組む姿勢のみならず、生きるうえでの姿勢を育む意味においても、非常に重要な親の働きかけであろうと思います。

 テストの成績を親からほめられるのは、どの子どもにとってもうれしいものです。ただし、親の評価が「成績が悪いと叱られる」ということとセットになっている場合、子どもの健全な成長を促す方法とは言えないかもしれません。というのは、「親は成績さえよければ嬉しいんだ」などのように、間違った観念を植えつけることにもなりかねません。ズルをしてもよい成績をとろうとするようになるかもしれません。

 いっぽう、成績も気になるところではありますが、子どもへの評価の基準を、「どれだけ努力していたか」に置くことをお勧めしたいと思います。これなら子どもは親にほめられる喜びをはるかに多く味わえるのではないでしょうか。成績はある程度上がると、そうは上がらなくなるものです。するとほめるチャンスはぐっと減ります。しかし、努力を見てほめるのなら、いくらでもほめてやることができるでしょう。成績でほめるよりも、結局はこのほうが子どもを伸ばすことになり、さらには陰ひなたのない健全な人間に成長させることにもなるでしょう。成績を見てほめられるよりも子どもは努力をほめられることを喜びますし、親のそういう姿勢は子どもの信頼や尊敬にもつながるに相違ありません。

 

 以上の三つは、親にとって負担や忍耐を強いるかもしれません。しかしながら、子どもの自立を促すだけでなく、高い次元の学問領域に到達するうえで欠かせない学びの姿勢を育んでくれることにもなります。また、子どもを健全な人間へと成長させることになりますし、親子間の強固な信頼関係を築いてくれることにもなるでしょう。

 中学受験は、当面の志望校合格を視野に入れてするものですが、言うまでもなく根底には子どもの将来の歩みに対する親の夢があります。その夢が実現するかどうかは、実は受験の結果で決まるのではなく、「受験をめざした生活を通して、人間としてどう成長したか」ではないでしょうか(さらに言えば、学びの自立をある程度実現した子どもは、大概行きたい学校の一つには受かるものです)。無論、学力形成面でのお手伝いは学習塾が精一杯応援させていただきます。保護者におかれては、お子さんの自立に向けた支援というスタンスで一貫した見守りとサポートをお願いいたします。

 

 ともに協力して、お子さんが学力面でも人間的な面においても大きく成長する受験生活を実現したいものです。ご理解ご協力をよろしくお願い申し上げます。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: 勉強について, 勉強の仕方, 子どもの自立, 家庭学習研究社の特徴, 家庭学習研究社の理念