お子さんは算数好き? それとも国語好き?

2020 年 4 月 13 日

 おたくのお子さんは、国語よりも算数を好むタイプですか? それとも算数よりも国語を好むタイプですか? 親としてはどちらも好きな子ども、どちらも得意な子どもであってほしいもの。受験を乗り越えるうえでもそのほうが有利です。しかしながら、両方が好き(得意)な子どもはそう多くありません。

 学習塾としても、保護者同様に「できるなら算数も国語も得意であってほしい」と思うのですが、どちらかに偏っているケースが少なくありません。お子さんが算数好きか、それとも国語好きかは、どのような理由で決まるのでしょうか?

 4~5年生のお子さんの算数嫌いは、低~中学年時に習熟すべき筆算や九九などの基礎技能が不十分なため、高学年での学習に支障を来していることが原因かもしれません。基礎基本が未熟だと、学習の発展に対応できないからです。国語を苦手に感じるお子さんの場合、文章を滑らかに読む技能(黙読力)が習得されていないため、長文を読むことが苦痛になっていることも考えられます。算数の文章課題に難渋するお子さんも、同様のことが言えるでしょう。もしもそうであれば、躓いている基礎的学習を再度やり直す必要があるでしょう(算数の基礎技能の習熟を図る、文章の音読練習を繰り返して読みの態勢を築き直すなど)。そういったことも振り返ってみてください。

 ただし、教科の好き嫌いが生まれるのは、そういった理由だけではないようです。たとえば、次のようなことも考えられるでしょう。子どもに算数を好きになった理由を聞くと、「だって、必ず答えは一つに決まっているじゃん。だからいいんだよ」と言います。いっぽう、国語の好きな子どもに理由を尋ねると、「正解とは違ったことを書いていても、考えかたが合っていればマルがもらえるのがいい」といったような返事が返ってきました。

 算数が好きな子どもは、「答えは一つ」ということに着目しています。「どうしてこれが正解なの?」というわだかまりが残らず、スッキリした気分になるからでしょう。いっぽう、国語が好きな子どもは「正解は一つではなく、いろいろな答え(書きかた)が認められる」という点に魅力を感じるようです。

 実際のところ、算数の問題も国語の問題も、想定されている答えは一つなのだと思います。算数の場合、いろいろな正解を得るアプローチのしかたがあるが、最終的に答えは一つの数字に収束していきます。国語も答え自体は一つです。しかし、その答えというのが「事実はどういうことか」や、人物の心理であったりするため、それを説明するために様々な表現方法が考えられるという点が違います。国語を苦手に感じる子どもは、それが「スッキリしない」「結局、どういうことなのかよくわからない」ということのようです。

 さて、あなたのお子さんは算数派でしょうか。それとも国語派でしょうか。一度、「算数と国語では、どちらが好き?」「それはなぜ?」と問いかけてみてください。そして、算数と国語にあるそれぞれの楽しさについて語り合ってみるとおもしろいでしょう。そのやりとりを通じて、親として言ってやれることが見つかるかもしれません。また、子どもが教科学習をどのようにとらえているかがわかると、これから続く長い受験のプロセスで何をバックアップしてやるべきかを見通せるようになるでしょう。

 ためしに、お子さんの算数のテキストかマナビーテストの問題を一緒に解いて、互いに解いた際のプロセスや考えかたを披露しあってみませんか? それをきっかけに、お子さんの算数や国語の問題を解こうという意欲が増したり、勉強のおもしろさに気づいたりすることも大いにあると思います。

 「うちの子は算数も国語も嫌いみたいです」とおっしゃるかたはありませんか? こんな反応をわが子が示してきたら困りますね。しかしながら、小学生までの段階でこういうことが起こるのはきわめて稀です。新たな知識や考えかたにふれる経験は、本来子どもにとって掛け値なしに刺激的で楽しいことなのですから。もしもそのようなお子さんがいたとしたら、原因は前述のような低~中学年時の基礎基本のマスターが算数・国語ともに疎かにされていたことに起因するのではないかと思います。

 ともあれ、開講してまだ日が浅い段階で親に求められるのは、「わが子が勉強に対してどう向き合っているか」を掌握することです。そこから、何をどうバックアップすべきかが見えてくるでしょう。次のチェックリストに基づいて、親子で現状を振り返ってみてください。

 上記のチェックポイントの確認にあたっては、リラックスした雰囲気のもとでお子さんが率直に現状を話せるよう配慮をお願いします。とかく親子で勉強について話をするとき、親は詰問口調になりがちです。しかし、それでは意味がありません。受験生活を実りのあるものにするための話し合いですから、親はわが子が気軽に何でも話せるような雰囲気をつくる必要があります。がんばってください。 

 今お子さんが塾の勉強をどのように受け止め、どのように取り組んでいるかがわかれば、対処すべき課題も見えてくるかもしれません。そのことに当面は焦点を当て、「親はわが子を見守り励ます → がんばるわが子を見逃さずほめる」「わが子は親の期待を背にがんばる → 親の承認を励みに努力を重ね成長していく」――そういった受験生活をぜひ実現していただきたいですね。この流れさえ築けたなら、成績面の心配は徐々に解消されるでしょう。

 これから親の心配や苦労は否応なく増していきます。しかし、親子が確かな信頼関係で結ばれ、さらには親がわが子の実態をよく掌握していればだいじょうぶです。今回お伝えしたことをきっかけに、今まで以上にお子さんとの関係が風通しのよいものになるよう気配りをしていただければ幸いです。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 勉強について, 家庭学習研究社の特徴

非言語的コミュニケーションのもつ力 その2

2020 年 4 月 6 日

 今回も前回に引き続き、言葉を介さないコミュニケーションのもつ大きな力についてお伝えしようと思います。

 前回は、はじめにクレバー・ハンスと呼ばれた算数のできる馬の話を通して、動物は人間の無意識なしぐさや表情の変化などをシグナル(合図)として受け止め、それに対して敏感に反応することをご紹介しました。算数を教えた飼い主さえも気づかないところで、飼い主自身が意図することなく発していたシグナルに馬は反応していたのですが、それがあたかも算数の問題をそれが理解して解いているかのように見えていたのでした。

 次に、ラットによる実験の結果を通して、人間が「能力がある」と思い込んでいたか、「能力がない」と思い込んでいたかによって、もともと能力に違いのないラットの訓練成果に違いが生じるということをご紹介しました。人間が自分の感情を抑え、同じ訓練を施したつもりでも、能力や適性についての先入観が成果に影響を及ぼしたのでした。実験者は公平に振る舞おうとしても、前知識に基づく予想が無意識のシグナルを発信していたのです。

 この実験を目の当たりにしたなら、大概の人は「これは人間にも当てはまるのではないか」と思うことでしょう。事実、前述のラットの実験に関わった心理学者のロバート・ローゼンタールもそう考え、次のような実験を行いました。

 被験者に何枚かの写真を見せ、「これは成功の気持ちが感じられる写真か、それとも失敗の気持ちを感じさせる写真かについて評価してもらう実験を行いました。実験をする学生(実際には実験の対象者でしたが)に前知識を与え、それが結果にどう影響するかを調べるのが意図でした。

 実験に先立ち、学生たちを二手に分けました。片方には「これらの写真は、すでに行われた同様の実験で、成功の気持ちが表われていると評価されたものだ」と伝え、もう片方には「失敗の気持ちが表われていると評価された写真だ」と伝えました。実際は、どれも多くのサンプルや実験を通して「成功でも失敗でもない」と判定された写真でした。学生たちはそのことを知りません。さて、与えられた前情報は実験結果に何らかの作用を及ぼしたでしょうか。

 なお、被検者への説明は予め用意した台本通りにするよう指示しました。学生たちが、自分の予想を被検者に伝えてしまうリスクを避けるためです。

 さて、実験の結果はいかに。「成功の気持ちが表われた写真だ」という前知識を得ていた学生は、被検者からも同様の反応を予想(期待)します。そして、実際に予想に沿った回答を被検者から引き出しました。いっぽう、「失敗の気持ちが表われた写真だ」と知らされていた学生は、その前情報に合致した回答を予想し、その通りの回答を得ていたのです。言葉に出さなくても、実験者(学生)の予想は確実に被検者の判断に影響を与えていたのでした。

 前出のローゼンタールは、思い込みに基づく予想が教育現場で働く教師にも影響を及ぼすことを実験で明らかにしています。IQテストの結果が平均点だった生徒(本人にはテスト結果を知らせていません)のことを、「たぐいまれな知的才能を有する生徒が見つかった」と教師に偽って伝えたところ、その教師の生徒に対する評価は著しくあがりました。この生徒に高い評価をするいっぽう、他の生徒に対しては好奇心が足りないなど、相対的に低い評価をするようになりました。なんだか、思い込みやレッテル張りの恐ろしさを感じてしまいますね。

 教師が「才能あり」と思い込むと、生徒のテスト成績に影響することも確認されています。特に根拠がないにもかかわらず、「才能がある」「賢い」と教師に思い込ませた生徒のグループは、一定期間後に実施されたテストで、特に前情報を与えられなかった生徒のグループよりも相対的に高いポイントを得ていました。「賢い」というレッテル張りが、教師の指導成果をより高めることになったのです。

 どうしてこのようなことが起こるのでしょう。様々な調査や研究の結果、実験者の予想が被検者に伝わる要因として、少なくとも声の抑揚や音調が関わっているのは間違いないものの、影響する割合としては約半分程度だということが判明しました。しかし、もう半分が何であるかはまだわかっていません。作用しているのは無意識レベルで発生するシグナルであり、それがどういうものかを具体的に証明するのはきわめて困難だったからです。

 ただし、無意識に発生するシグナルがコミュニケーションを成立させ、子どもをより望ましい方向へ導くとしたら、その効果を大人は自覚しうまく生かしたいものです。家庭教育にも、学校の教育活動や学習塾の教科指導の効果にも当てはめて考えることができるのではないでしょうか。この記事は家庭の保護者を対象にしていますので、これから非言語的コミュニケーションの効能を家庭教育に照らして考えてみようと思います。

 まずは、みなさん自身の家庭におけるわが子への接しかたを振り返ってみてください。みなさんは、お子さんに大きな期待を抱いておられると思います。また、これまでその気持ちを言葉に出してお子さんに伝えた経験も少なくないことでしょう。では、お子さんは親の思いをしっかりと受け止め、何につけ親が満足するような行動やふるまいをしておられるでしょうか。おそらく多くのかたは、残念そうな表情とともに首を横に振られるのではないでしょうか。

 「これまでの文脈と違う。親が期待すれば、それは子どもに好影響を及ぼすという流れだったはず」とお怒りになるかたもおられるかもしれませんね。しかし、本題は無意識のサブリミナルなコミュニケーションの影響力です。親の無意識な態度やふるまいに問題はなかったでしょうか。たとえば、

 児童期の子どもは基本的に何事も親がかりです。思春期になると、ことごとく親に反発し、「親なんてどうでもよい」と言わんばかりの態度を取る子どもも、まだ今の段階では親に全面的に依存して生活しています。そのため、親の一挙手一投足をよく観察しており、自分に関わる親の態度には敏感に反応します。もしも親が自分に対してネガティブな気持ちをもっていると察知したなら、それは子どもの望ましい行動に対するブレーキの作用を果たすことになるでしょう。

 このことに関連して保護者に留意いただきたいのは、親がわが子に対して何らかの期待をしているのと同じように、子どものほうも親に対して何らかの期待の気持ちをもっているということです。その期待が何かをズバリ言えば、「自分のがんばりを認めてほしい」「自分を正当に評価してほしい」ということではないでしょうか。「自分は親に期待され、優しいまなざしで見守られ、いつだって応援されている」という気持ちが揺らがなければ、子どもは親の期待に応えようと必死になる。それが子どもというものです。親はそのことを常に意識すべきではないでしょうか。

 ある保護者に、「もっとお子さんをほめてあげてください」とお願いしたことがあります。すると、「あら、私はほめてやりたいのに、うちの子ったら全然ほめるようなことをしてくれないんですもの」と、「ほめないのは子どものせいだ」と言わんばかりに切り返されました。これでは非言語的コミュニケーションなど成立するはずがありません。子どもが無言で発するシグナルに気づくことなど不可能だと思うからです。このときは、さすがにその男の子のことをかわいそうに思ったものでした。「ほめて励ますという行為は、努力との交換条件であってはならない」「親がわが子をほめるのは、わが子のがんばりを引き出すためなのだ」--これは以前ご紹介した、ある教育学者の著書にあった言葉ですが、ほんとうにその通りだと思います。

 「うちの子は親の期待通りにがんばってくれない」と嘆いておられる保護者には、次の点について振り返っていただきたいと思います。

・わが子が親に何を期待しているかを考えたことがありますか?

・「うちの子はやれる」という信念をいつの間にか失ってはいませ
 んか?

・わが子に期待を差し向け、優しい眼差しで見守ることを忘れてい
 ませんか?

 親の表情やしぐさを見て、子どもは自分に向けられている親の本心を感じ取ります。子どもはいつも親の期待通りにはがんばってくれないものですが、「うちの子はやれる!」「今はできなくても、やがてはきっとできるようになる!」――この信念を失わず、期待の眼差しをお子さんに絶えず発信してあげてください。親の思いは、必ずお子さんに届きます。そして、お子さんは確実に親の期待に沿った成長を遂げられることでしょう。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 子育てについて, 家庭での教育, 家庭学習研究社の特徴

非言語的コミュニケーションのもつ力 その1

2020 年 3 月 30 日

 人間は、言葉を介して思いを伝え合える動物です。しかも、音声と文字という二つの異なる性質の言語を使います。しかしながら、コミュニケーションの方法は言葉だけではありません。むしろ、言葉を交えないコミュニケーションのほうが互いの意思を有効に伝え合える場合もあります。今回は、非言語的なコミュニケーションが子どもの育ちや能力形成に及ぼす影響について考えてみたいと思います。

 1904年の夏の終わり、ニューヨークタイムズ紙に驚くべき記事が掲載されました。小学校3年生並みの算数ができる馬がドイツにいるというのです。クレバー・ハンスと名づけられたこの馬は、オーナーのオステン氏(ギムナジウムの元数学教師)から約4年間にわたって教育を受け、出された算数課題に右足の蹄を踏み鳴らして正解を示す(その回数で答える)というのです。たとえば、今は何時か、今日は何曜日かなどの質問に答えたり、足し算をしたり、割り算の余りを答えたり、といった具合です。

 クレバー・ハンスはほんとうに算数の問題を理解して解けたのでしょうか。この話はかなり知られていますので、実際のところをご存知のかたもおられることでしょう。もしご存知でなかったなら、「真相はどういうことか」を考えてみてください。なお、飼い主はハンスに施した教育の様子を誰にでも見せていましたし、見物料もとっていませんでした。そして、自分が教えた成果として、ハンスが算数のできる馬になったのだと固く信じていました。

 算数ができる馬の存在はやがて広く知られるところとなり、「この馬はほんとうに算数ができるのか」についての議論が高まりました。そこで事実を究明するための委員会が設置され、大掛かりな調査が進められました。しかし、結論は「見物人をだますようなトリックは何もなかった」というものでした。調査に関わった一人の委員は、「馬の好物を与えて意欲を引き出し、調教をくり返すことで算数の問題を解けるようにしたのだろう」という見解を示しました。

 無論、これで納得する人ばかりではありません。ついには心理学者まで真相解明に乗り出し、オステン氏の協力を取りつけたうえで、様々な実験を試みては算数ができる馬のなぞ解きを試みました。そして、ついに真相をつきとめることに成功しました。すなわち、「馬は算数の問題を理解して解いていたのではなく、質問者が発している無意識の合図に反応していたのだ」というのです。

 問題を出したあと、質問者は馬に足を踏み鳴らすよう促します。それに反応して、馬が一つ、二つと足を踏み鳴らしていきますが、やがて正解の数にたどり着いた瞬間に生じるかすかな身振りの変化が、踏み鳴らしをやめさせる合図になっていたのでした。その場に居合わせた人の誰もが気づかないレベルで生じていた筋運動に、馬は敏感に反応していたのです。

 遅ればせながら、今回の話題はレナード・ムロディナウ氏の著書「しらずしらず」(ダイヤモンド社)から拝借しています。以下でお伝えすることも、この本の内容をもとにして書いていることを予め伝えしておきます。

 動物は人間のように言葉を理解したり操ったりすることはできません。そのかわり、人間の発する非言語的なシグナルには敏感に反応します。前述のクレバー・ハンスのエピソードでもわかるように、人間が意図的に示したわけではない合図(しぐさや表情、かすかな動き、声の抑揚など)も逃すことなく察知し、反応する鋭敏なセンサーをもっています。したがって、人間が動物に何らかの働きかけをしたとき、動物は常に人間の側から発せられる非言語的な合図を感じ取っている可能性が高いと言えるでしょう。

 そのことを裏づける有名な話があります。大学の研究生に、ラットを使った学習の訓練をさせる実験が行われました(実験の詳しい内容は、本記事の趣旨とは異なりますので省きます)。訓練の内容は、T字型の迷路を用意し、5匹のラットに餌がもらえるルート(Tの字の横棒の右側を辿るか、それとも左側を辿るか)を覚えさせるというものでした。それを1日10回繰り返すよう指示しました。ただし、ラットは5匹ずつに分けられ、片方のグループは「迷路を探検できる賢いラットだ」と伝え、もう一方は「方向感覚をもたないラットだ」と伝えていました。学生に先入観を与え、それが実験の結果にどう影響するか調べることを意図したもので、実際には二つのグループのラットに違いはありませんでした。

 さて、ラットの訓練結果に何らかの差があったでしょうか。大いにあったのです。学生が「迷路を探索する天才だ」と思い込んでいたラットのグループは、迷路を辿って餌にありつくことがうまくできるようになっていました。ところが、「方向感覚がない」と思い込んでいたラットの訓練結果はよくありませんでした。学生の思い込みが、訓練をするときの態度に違いをもたらしたのです。すなわち、「能力が高い」と思ったラットには手厚く優しく辛抱強く訓練を施したのに対し、「能力がない」と思ったラットには機械的な訓練しかしていなかったのです。

 では、ラットへの扱いが同じだった場合はどうなるのでしょうか。同種の実験をし、その際に「二グループへの接しかたに違いがあったら、正確な実験データが得られない」と学生に警告し、まったく同じ訓練をするよう徹底させました。ところが、結果は変わりませんでした。「頭がよいラットだ」と思っていたほうのグループの成績がよかったのです。学生は意識の上では公平に扱おうとしました。しかし、ラットに対する期待の違いが表面的な行動とは別のシグナルを送っていたのでしょう。それにラットは反応したのです。

 以上のことは人間にも当てはまるのでしょうか。親のわが子への評価や予想(「できる子か、できない子か」など)は、子どもの能力形成や育ちに何らかの影響を及ぼすのでしょうか。今回の参考文献には、このことにも言及されていましたので、次回ご紹介してみようと思います。また、この話題を土台にして、弊社の会員家庭の保護者の子育てや学習の見守りと応援について、参考にしていただけそうなことを検討し、お伝えできたらと考えています。よろしくお願いいたします。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 子育てについて, 家庭での教育

まずは家庭学習の習慣を根づかせましょう!

2020 年 3 月 24 日

 新型コロナウィルスの感染防止の一環として、弊社では2週間の休講という措置を取りました。今月21日から授業を再開しましたが、まだまだ予断を許さない状況が続いていますので、ご家庭におかれましても感染の予防に向けて細心の注意を払っていただきますようお願いいたします。

 新年度のスタートから一頓挫した格好ではありますが、例年開講からしばらくの期間は、塾での勉強になじむこと、家庭での計画に基づいた学習を習慣づけることなど、勉強の内容よりも受験に向けた学びの態勢を安定軌道に乗せることに主眼を置いています。長い受験生活ですから、行き当たりばったりの勉強をするお子さんと、計画に沿って決めた学習メニューをきちんとこなすお子さんとでは、成果に雲泥の差が生じるものです。まだ講座は始まったばかりですから焦る必要はありません。まずは足場を固めることに注力していきましょう。

 よい家庭学習の習慣を根づかせるために、まずもって必要なのは「学習計画」を立てることです。計画を立てずに適当にやってよい成績をあげるお子さんもなかにはおられます。しかし長くは続きません。学習の高度化に伴ってマナビーテストの問題も難しくなり、確かな準備なしによい結果を得るのは難しくなっていきます。そこに至って自分の間違いに気づいても、学習の習慣形成どころではなくなっています。どの分野においても、成功の秘訣は自分の「型」を築くことにあるのだと心得てください。

 とは言え、初めから理想的な学習計画を立てるのは困難ですし、お子さんにとって理想の計画がどのようなものかはわからないものです。ですから、「とりあえず」の計画で構いません。あとで状況に合わせて修正していきましょう。

 開講時に「家庭学習の進めかた」に関する案内を配布していますので、おそらく大半のお子さんは学習計画を立て、それに沿った家庭学習をしておられると思います。しばらくは、お子さんが実行されているかどうか、行き詰ったりしていないかどうかを注意して見守ってあげてください。今の学習計画を修正する必要性については、次の項目を参考にチェックしてご判断ください。

「学習計画」にまつわる問題点のチェック

.時間が短すぎると、やるべき学習がこなせません。長すぎると、疲れたり、クオリティが下がったりの問題が生じます。また、計画が複雑すぎると取り掛かること自体が難しくなってしまいます。

.お子さんの集中力に合わせた計画内容になっているかどうかが重要です。集中力が続かないタイプなら、時間を刻んで休憩を挟みましょう。

.早く終えた場合、無理に他の勉強をさせる必要はありません。逆に、時間内に予定の勉強が終わらない場合、時間延長するかどうかはお子さんの意志や体力に応じた判断が必要です。

.個室での勉強は小学生にはお勧めしません。気が散ったり、他の遊びに手を伸ばしたりしがちです。家族がそばにいるリビングか食卓での勉強が成果につながります。

.取り掛かりに難渋するお子さんには、「あれ?時間になったね」など、お子さんが受け入れるような声かけを試みてください。叱ってやらせようとすると、逆効果や悪循環を招きます。

.勉強中は、できるだけ静かな家庭内になるよう協力をお願いします。テレビはなるべくつけないようにしましょう。

.注意散漫なタイプのお子さんの場合、親が近くで本を読んだり仕事をしたりすることで、「今はやるべきことをやる時間だ」という気持ちを引き出してやりましょう。

.「副教材」「授業の復習」「テキストの問題(難問を除く)」に取り組めば、基礎は身につきます。「がんばりチェック」で、まとめをしっかりやってマナビーテストに臨みましょう。

 何事も初めが肝心です。家庭勉強が軌道に乗ると、「やるべきことをやらないと気がすまなくなる」といった状態になるものです。ここまで漕ぎつけたなら、半ば受験に成功したようなものです。この言葉がお子さんから口をついて出てくる状態に至ることを、当面の大きな目標にしたいですね。そうなったなら、成績の心配も不要になっていきます。

 親が手を出して教えることでテスト成績を上げようとすると、確かに一時期は目に見える効果が引き出せます。しかしながら、いつまでもお子さんは親を頼り勉強の自立を達成できません。やむを得ず手を差し伸べているご家庭がおありでしたら、「今できそうなことは、子ども自身にやらせよう」という意識を常にもち、一人でやれそうなことは手を放してください。そして、やり遂げたなら、大いに喜んで褒め称えてあげてください。そのほうがお子さんは力を伸ばせますし、何よりも入試に向けた追い込み期の親の負担が断然違ってくるものです(それこそ、天国と地獄のように違います)。「自分でやるのは当然」といった風情で勉強に取り組む、頼もしいわが子を見てみたくありませんか? それは、親の接しかた、応援のしかた次第でどの家庭でも実現できますよ。

 なお、弊社の授業は「家庭での一人勉強の方法を教える場」としての役割も担っています。したがって、家庭勉強でのノートのとりかたや、家庭での問題の取り組みに関する指導も行っています。お子さんの勉強ぶりが要領を得ないようでしたら、遠慮なく校舎の指導担当者にご相談ください。

 新型コロナウィルスの感染問題に伴い、校舎ごとに学年単位で実施する予定だった「保護者説明会」の実施が延期されています。この催しにおいて、家庭学習研究社に通っての学習全般について保護者にご説明いたしますので、遅れての開催案内をご確認のうえ、ぜひ参加くださいますようお願いいたします。

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: アドバイス, 勉強の仕方, 家庭での教育

子どもの“やる気”のメカニズム研究 その2

2020 年 3 月 16 日

 前回は、子どもがやる気になるのはどういうときかを、弊社でのアンケート結果をもとに考察してみました。今回はその続きですが、最終的には「進学塾で学ぶ子どもたちのやる気をどう支えるか」という話につなげていけたらと考えています。よろしくお願いします。

 唐突ですが、ある書物を読んでいたときに目が釘付けになった文言があります。それは、「教育とは“やる気”を育てることに尽きる」というものでした。確かに、やる気があれば困難なことにチャレンジする勇気が湧いてきますし、失敗しても挫けることなく立ち向かい、やがては満足のいく結果を手に入れることができます。決して勉強だけに必要なものではありません。やる気こそ、人間にとって成長の原動力となる大切なものなのですね。

 だいぶ前ですが、大学の研究者が「子どもはどんな理由で学ぶか」についてアンケートを実施し、その結果を著書で紹介されたことがあります。これは、「やる気はどうしたら高まるか」に直結する調査と言ってもよいでしょう。調査対象は、小学5・6年生300名でした。ちょっとご紹介してみましょう。調査の結果、子どもたちが学ぶ理由はつぎの4つにグループ分けされました。

 ①は知的好奇心や向上心が学ぶ理由となっています。②も①と同様に学び手である子ども自身の気持ち(~になりたいという欲求)が学びの理由となっています。③は、子ども自身の気持ちだけでなく、他者との比較や関わりもファクターになっていますから、①や②とは異なり、自己と他者の両方がからむ学びの理由と言えるでしょう。④は他者からの承認に対する欲求が学びの理由となっています。

 さて、小学校5・6年生にいちばん強くみられた理由は①~④のどれだったでしょうか。いちばん強かったのは、③の「よい成績を取りたい」という理由でした。みなさんの予想どおりだったでしょうか。つぎが②の「自己実現のために学ぶ」で、そのつぎが①の「おもしろいから学ぶ」、いちばん学ぶ理由として弱かったのが④の「認められたいから学ぶ」でした。

 この資料は、子どもの成長の過程をよく表しているように思います。児童期前半の子どもは、目の前にあるものすべてが好奇心の対象になりますから、「おもしろいから学ぶ」という傾向が強いものです。同時に、大人の庇護のもとで生きていますから、「親が喜ぶから」「親がほめてくれるから」「先生に叱られたくないから」などのように、大人の影響が多分に反映されての意欲になりがちです。

 しかしながら、年齢を重ねるうちに世の中のことがわかるようになり、自分の人生について見通す姿勢も備わっていきます。やがて中学2年生頃になると、単に知りたいからというよりも、自分の知的興味と先々の進路とを重ね合わせ、それを励みに学びの欲求を高めるようになっていきます。

 こうした変化の途上期に見られるのが、「よい成績を取るために学ぶ」という傾向です。純粋に「おもしろいから」「知りたいから」という理由で学んでいた子どもも、学校という小集団社会で教育を受けるにつれて、自分自身の満足・他者との比較の両方においてわかりやすい評価目安を求めるようになるのではないでしょうか。それが「成績」なのでしょう。成績がよければ「自分はやれる!」という自信をもつことができ、それがまた次なる学びに向けた意欲を刺激します。

 こうしてみると、中学受験をめざして学ぶ子どもたちは、最も成績に敏感な時期に受験勉強をしているわけですね。進学塾につきものの得点や順位は、順調なときには否が応でも学習意欲を刺激してくれますが、皆が同じ目標に向かって勉強している集団のなかでの勉強ですから、思うような成績が得られないことも多々あります。運悪くスランプが長引いたりすると、成績の低迷が有能感の喪失につながってしまう恐れがあるのだということも知っておく必要があります。

 そういうときこそ、大人の出番ではないでしょうか。というのも、思春期までの子どもは、まだまだ親に頼っています。上記資料では、④は学びの理由としてはいちばん下になっていますが、それは子どもの顕在意識に問いかけた場合の結果であり、実際にはまだまだ親(大人)に様々な面で依存して生きています。だからこそ、親は大切なわが子を成績のもつ負の側面から救い出してやらねばなりません。

 成績が落ちたとき、みなさんはどうわが子をフォローされるでしょうか。親自身の落胆の気持ちを抑え、やる気を引き出すべく励ましてやることが望ましいとわかっていながら、ついやる気のなさを指摘したり、能力不足に言及するような言葉を浴びせたりすることはありませんか?

 前回お伝えしたように、もともとやる気のない子どもなんていません。テストの繰り返しの中で自信を失い、あきらめの気持ちがチラついたりして、気持ちの入った勉強ができなくなっているのです。そういう状態を立て直しには、まずもって親が「あなたはやれるよ!」と、親が勇気を吹き込んでやる必要があります。成績は能力を判定するものではありません。当該のテスト範囲における、勉強の成果を問うものです。つまり、「どれだけ努力したか」を判定するものです。それはわかっておられるとは思いますが、わが子のことになるとつい感情に振り回されてしまうのが親というものです。

 そこで、親のサポートのキーワードは「努力」ということになります。ただし、「もっと努力しなさい!」と激励するだけでは、直に効果を失ってしまいます。親の基本スタンスとして「やるべきことを自分で決め」、「その日その日にどれだけやったか、を振り返らせ」、「努力の継続と積み重ねこそ、親が期待していることだ、というメッセージを送り続ける」ことが大切だと思います。すなわち、勉強の主役である子どもが自主的に行う受験勉強を尊重しながらサポートすることが求められます。

 テスト成績がわかったなら、その度にお子さんが自分の勉強を冷静に振り返り、「何が足りなかったか」を親が言わなくても自分で振り返るよう励ましてやりましょう。その姿勢が確固たるものになれば、もはや親の心配はなくなると言ってもよいでしょう。そのときが来るまで、親はもどかしい思いをすることになりますが、そうした日々は確実にわが子の成長を後押ししてくれます。また、それこそがわが子を受験させたことで得られるいちばんの収穫ではないでしょうか。

 若干話が逸れたかもしれません。今回の記事を通じて、保護者の方々が「やる気を育てる親になろう!」という気持ちを少しでも強くされたならうれしいです。もちろん、教室の指導担当者もお子さんを取り巻く環境にいる大人のひとりです。普段の授業を通じて、「子どもたちのやる気をいかにして高めるか」に挑戦するつもりで指導にあたってまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

※今回の記事でご紹介した資料は、「自ら学ぶ意欲を育む先生」(桜井茂男/著 図書文化)より引用しました。

 

LINEで送る
Facebook にシェア
Pocket

カテゴリー: 勉強について, 家庭での教育, 家庭学習研究社の特徴