2020 年 12 月 のアーカイブ

この1年のわが子を振り返ってみましょう

2020 年 12 月 27 日 日曜日

 2020年も、今日を入れてあと5日間で終わります。今年は新型コロナウィルスで世界中の人々の生活が一変した1年でしたが、受験を控えている6年生のご家庭におかれては、随分と心配や気苦労が多かったのではないかと拝察します。受験はもう目前に迫っています。この冬休みは総仕上げに専念し、志望校合格を揺るぎないものにしたいところです。お子さんの心身のコンディション維持に向けて、十分な配慮とサポートをお願いいたします。

 さて、今回は2020年の最終回にあたります。そこで、今年1年の振り返りに関する記事を書いてみようと思います。とは言え、このブログは中学受験専門塾から発信しています。したがって、ここではお子さんの学業面の取り組みの成果や進歩という観点に立って話を進めます。

 今年1年でみなさんのお子さんが「進歩した」「成長した」と感じる点はどのようなことでしょうか。また、親としてもどかしく残念な点があったとしたら、どのようなことでしょうか。進歩した点と残念な点は、おそらく裏返しの関係にあるのではないでしょうか。たとえば、「学習意欲が高まった」⇔「学習意欲がしぼんだ」などが典型的な例にあたるでしょう。お子さんが家庭学習研究社の教室に通っておられるなら、次のような点について振り返ってみていただきたいですね。

 受験勉強に関して、子どもの望ましい成長の尺度として第一にあげたいのが、学びの積極性や実行力に関わる①です。学習習慣も、この学びの積極性や実行力と深く関わっています。

 ただし、小学生の子どもの場合、受験や勉強の必要性への自覚や、先を見通して行動することはあまり期待できません。ですから、「親が声かけをしたら机に向かう」「たまに叱るが、以前より親のイライラが減った」などの変化があれば、お子さんは相当成長されたと言えるでしょう。よくなった点を指摘し、大いにほめてあげてください。来年はさらに成長が加速されていくのは間違いありません。

 ②についてですが、入塾当初はやる気があっても、勉強の手順や方法がわからないと行き詰まり、意欲もしぼんでしまいます。親が無理にやらせても、子どもに自ら学ぶ態勢が整っていなければ、いつまでも親がかりの勉強が続きがちです。親の手を借りずに勉強する姿勢を早めに築いておきたいものです。今年の締めくくりにあたり、お子さんの学びの自立度を確かめてみてください。

 たとえば、4年生なら授業後の復習はどこをやるのか、マナビーテストに臨むにあたって何をしておく必要があるのかなど、お子さん本人がある程度心得ておられるかどうかで、勉強ぶりや成果は随分違ってくるものです。もしも、親への依存度が強いようでしたら、少しずつ手放していく必要があります。5年生なら、本人の判断と実行力に基づく勉強に切り替えるべき時期です。「自分のやるべきことがわかっているか」や「どう取り組むべきかがわかっているか」などの点について、現状を確かめながら来年に向けて修正していきましょう。

 最後の③ですが、自分の現状を客観的に分析し、よい点を伸ばしつつ弱点を補正していく姿勢は、自学自習の推進において不可欠のものです。メタ認知という心理学用語がありますが、自分の認知の状態を認知する目をもっているかどうかは、受験勉強の成果を左右するだけでなく、中学進学後の学業の成果や人生の歩みを規定することになります。

 テストの答案やデータが返ってくるたびに、できているところ、できていないところを確認し、そうなった原因を掌握して対策をしていく姿勢を少しずつ身につけていくことが大切です。この繰り返しで、お子さんはメタ認知的行動のできる人間に成長します。これまでそういった観点からお子さんの勉強をフォローしておられないようでしたら、ぜひ子育てと学習のサポートに採り入れてみてください。

 以上は、いずれも子どもの‟自立”という視点に基づいています。受験で合格するだけが目標なら、このような視点は不要かもしれませんが、合格後、中学進学後の学びの人生においては、「学びの自立度」が問われます。今のうちに、「自ら学ぶ」姿勢をもった人間に近づいておきたいものですね。家庭学習研究社の学習指導は、全てこの視点に基づいて構成されています。

 とは言うものの、今まで親が「勉強しなさい!」と叱らないと勉強しないなど、負の習慣が染みついたお子さんもおられるかもしれません。また、子どもが思うようにならないと、すぐに手や口が出てしまうタイプの保護者もおられるかもしれません。もしもそのようなご家庭があったなら、心理カウンセラーの先生のつぎの著述を参考にしてください。

 大切なのは、「子どもを、自分の持ち物のように思わないということだと思います。子どもといっても、一人の、人格をもった人間です。たとえ親子であっても、人間対人間です。ここから、子どもの気持ちを尊重し、子どもなりの生きかたを大切にする、という姿勢が生まれてくると思います。

 わが子を「自分の持ち物だ」と思っておられる保護者はおられないと思います。ですが、親の心の片隅には「わが子はコントロールすべき存在だ」という意識があるものです。わが子が親の期待通りにならないとき、その気持ちが頭をもたげてくるのではないでしょうか。前回、心理学者の河合隼雄先生のお父さんの子育ての一側面をご紹介したのは、子どもを尊重し、子どもが自ら考えて行動しようとする姿勢を養うよう配慮した、実に創造性豊かな子育てをされていると感じたからです。

 家庭学習研究社にご縁をいただいているお子さんは、基本的には自分のやるべきことを理解しておられます。それなのにできないのは、勉強が決して楽とは言えないものだからでしょう。そこを大人はある程度受容してやることも必要です。叱ったり、押さえつけたりしても逆効果にしかならず、むしろ子どものプライドは傷つき、親に反抗することになりがちです。「子どものプライドは親が思う以上に高い」ということも、頭に入れておきたいものです。

 勉強をすべきときに行動の切り替えができない。こうならないためには、低学年児童なら「とっかかりは一緒に勉強する」というスタイルがお勧めです。そうして、取り組みのノリがよくなったなら子ども主体の勉強へと移行させるとよいでしょう。中~高学年なら「あっ、勉強の時間が来てるね」など、子どもに逃げ道を与えてやり(気づかせたのは親ですが、子どもは「自分からやったんだ」という気持ちになれます)、「親にやらされている」と思わせないような配慮が有効でしょう。

 以前もお伝えしましたが、子どもだって「これは自分からやっているんだ」と思いたいのです。よい行為に関しては、特にその傾向が強くあります。そういう子どものプライドを尊重してやりながら、徐々に「やらずにはいられない」という状態にまで漕ぎつけたなら、これはもう素晴らしい進歩・成長です。このレベルに到達したお子さんは、まさに前途有望と言えるでしょう。自分を律する確固とした姿勢ができあがっているからです。

 「子育ては芸術である」と言われます。世界で一つとして同じものはありません。親の創意工夫や苦労がすべて子どもの成長に反映されます。これほど尊くてやりがいのある仕事はありません。

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おたくには“サンタ”はやってきてくれますか?

2020 年 12 月 21 日 月曜日

 2020年も残り少なくなりましたね。新型コロナウィルスの感染問題は一向に収束する気配がなく、日本中、世界中がパンデミックの渦中にさらされています。比較的感染の拡大が押さえられていた広島も、このところ感染者が急増しており、非常に危険な状況に至りつつあります。医療現場にいる方々の感染が増加していることにも胸が痛みます。

 第3波の特徴の一つに、感染経路不明の人の割合が多いということがあげられています。みなさまにおかれては、きちんとしたマスクの着用をはじめ、手洗い(消毒)やうがいの励行など、以前に増して慎重に感染対策を励行されますようお願いいたします。ご自身のこと、ご家族のこと、お子さんの受験に向けた備えにまつわることなどが重なり、保護者の方々は心身ともにつらい毎日をお過ごしのことと拝察します。コロナウィルスの感染に見舞われませんよう、くれぐれもご注意ください。

 さて、気がつけばクリスマスが目前に迫っています。例年なら週末の本通りはクリスマスがらみの買い物客でごった返し、ごきげんなクリスマスソングが店先から聞こえてくるのですが、今年はだいぶ静かなように感じます。ともあれ、コロナ禍にあってもクリスマスのプレゼントやケーキは子どもたちにとっての大きな楽しみです。受験生のおられるご家庭も、クリスマスの夜は勉強のことを束の間忘れ、楽しい時間を過ごしていただきたいですね。

 そこで今回は、クリスマスに因んだ話題を提供してみようと思います。クリスマスと言えば、サンタクロースがすぐさま連想されます。ただ親からクリスマスのプレゼントを渡すのではなく、「サンタさんからもらう」といった趣向でわが子に与えておられるご家庭はどれぐらいあるでしょうか。中学受験生の年齢なら、もはや「サンタは実在する」なんていうことを信じているお子さんはいないかもしれません。おたくのお子さんは、何歳頃からサンタのいないクリスマスになったでしょうか。それともサンタはまだクリスマスの贈り物を届けてくれていますか?

 職場の女性スタッフ(小6の娘さんの母親)に、「おたくの娘さんにはまだサンタがいますか?」と尋ねると、「まだギリギリいます」という意外な言葉が返ってきました。「『クリスマスの贈り物がもらえない子は、サンタなんていないんだと思っているからよ』と伝えたから、『サンタはきっといる!』と信じようとしているんだと思います」と語っていました。「ギリギリ」というのは、そういう意味だったんですね。なるほど。いかにもおかあさんの愛情を感じる話です。こんな家庭は多いのかもしれませんね。

 ところで、筆者は職業柄、心理学者の河合隼雄先生(京都大学名誉教授 1928-2007)の著書に目を通すことがしばしばあります。河合先生の随筆は個人的にも好きで、何冊か読んでいるうちにクリスマスの話題が取り上げられている文章が目に留まり、心を惹かれました。今回は、みなさんにそれをご紹介してみようと思います(文字数の都合で一部を省略・調整しています)。

 私が子どもだったころ、わが家にはサンタクロースが来たのである。12月24日の夜、贈り物がとどけられることになっていた。しかも、それは12月24日の夜、子どもたちが眠っているうちに、家の中のどこかに隠されていて、25日の朝暗いうちから起きて、兄弟一同で贈り物を探すことになっていた。

 子どもにとって、これほど不思議で楽しいことはない。朝早く起きて、兄弟で探すのだが、興奮しているのでなかなか見つからない。サンタクロースは賢いので、年々まったく思いがけないところに隠しているのだ。兄弟への贈り物がつぎつぎ見つかって、自分のだけがなかなか出てこなかったときの心細かったこと。またそれだけに発見したときの嬉しかったことなど、今もなお心に残っている。

 わが家の構造上、煙突からはどうしてもはいってこられないことがわかって問題となったとき、父親は「うちの家は、ここからはいってくる」と、玄関の上の小さい菱形の飾り窓を指さして教えてくれた。そこで、24日の夜、兄たちがひそかに細い糸を張っておいたが、25日の朝、それはみごとにちぎられていた! サンタクロースが通ったのだ。

 もっとすごいことがあった。小学5年生の兄が徹夜してサンタクロースをつかまえる、と言い出したのである。私は小さかったので、そんなことをすると贈り物がもらえないのではと大変心配だったが、何と父親が大賛成で協力を申し出た。24日の夜、父と兄は徹夜をしようと頑張ったが、兄はついとろとろと眠ってしまい、父親も「お父さんも、つい一緒に眠ってしまって、おしいことをした」というしばらくの間に、サンタクロースはすかさず、すべての贈り物を隠して去っていったのである。これには驚嘆してしまったが、この話は、サンタクロースのすばらしさを示すものとして、河合家の伝説のようにその後も何度話をされたかわからないくらいとなった。

 この話を、単なるほほえましいエピソードとしてお読みいただいても構いません。ただし、筆者がこのくだりをご紹介したくなったのは、河合先生のおとうさんのすばらしい子育てに感心したからです。子どもの発想を認めて受け入れ、一緒になって考えたり行動したりする。このような子育てを、家父長制の色濃く残る戦時中に実践されていたとは! これこそ、創造性豊かな人間(真に優秀な人間)を育むうえで必須の要件を具備した子育てではないでしょうか。

 なお、戦時中であることから、欧米の習慣を排除しようとする雰囲気が国を挙げて色濃くなりました。すると河合先生のおとうさんは、「サンタクロースはもう来ない」と宣言されたそうです。その代わりに、「日本には大きい袋をかついだ大国主命(おおくにぬしのみこと)という神さんがおられる。気持ちが通じるかどうかわからんが、今年は大国主の命にお願いしてみよう」と提案されたそうです。クリスマスの日に、大国主命がやってくる!? 奇想天外な話ですが、子どもたちの期待に応えてちゃんときてくれたそうです(おとうさんの仕業ですから当然のことですが)。何と“とんち”の利いた心優しいおとうさんですね。

 やがて河合先生たち兄弟も成人され、それぞれに子どもをもつ父親になられました。そうして、自分が子ども時代に体験したクリスマスの風習を継承されました。そして、家ごとに楽しい物語を生み出す原動力になったそうです。河合先生は、子どもたちが大きくなったある日、「どうして、長い間サンタクロースの存在を信じていたのだろう」と話し合っているのを耳にされたそうです。その結論は「やっぱり信じたかったからだろう」というものでした。

 「サンタがクリスマスに贈り物を届けてくれる」――世界中に広まったこの夢のある風習は、おそらくこれからも廃れることはないでしょう。「ない」ものを「ある」と、あえて信じながら演じるこの儀式から、親子間、家族間の心豊かな交流や思い出が生まれてくるからです。

  先日、地元新聞社のデジタル版に、クリスマスにまつわる記事が掲載されていました(短めに要約しています。お許しを)。コロナ禍にあって、「世界中を駆け回ってプレゼントを届けるサンタクロースはどうなるの?」と、各国の子どもたちは心を痛め、心配をしていると思います。すると、世界保健機関から、次のような報告が発表されました。「サンタに連絡したら、とても元気そうで、コロナへの免疫もできている」と。また、欧州連合の報道官は、「サンタは必要不可欠な仕事をしているから、コロナ対策の移動制限から免除されている」と、ツイッターに書き込んだそうです。子どもへの豊かな愛情が伺える話ですね。

 非常時においても、否、非常時だからこそ大人は子どもたちの夢を壊さないよう、愛情をもってフォローする必要があると思います。そのことを心得た立派な大人たちがいることにも安堵した次第です。

 おたくではサンタはまだ実在の人物ですか? もしかしたら、お子さんは先ほどの話にあったように、「信じたい」という思いを胸に、あえて「サンタはいるのか、それともいないのか」という話題に触れないようにしておられるのかもしれませんね。

 今年のクリスマスも、おたくのお子さんにサンタが贈り物を届けてくれますように!

 

※今回の記事で掲載している引用文は、以前にも一度ご紹介しています。同じものを使って書いたらどうなるかを、筆者自身ワクワク楽しみながら書いたしだいです。以前のものも読んでみていただけたならうれしいです。

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カテゴリー: 子どもの発達, 子育てについて, 家庭での教育

“受験”と子どもの“内面の成長”は両立する?

2020 年 12 月 14 日 月曜日

 12月6日には、模擬試験の最終回(第5回)が行われました。毎年恒例のことですが、最終回は広島の代表的な私学である修道と広島女学院のご理解ご協力をいただき、実際の入試会場と同じ場所での実施となっています。そういう理由もあり、最終回はいちばん参加者の多い模擬試験となっています。受験生のみなさんにとって、本番に向けての貴重な疑似体験となったことでしょう。

 先日のブログにも書きましたが、心身ともにまだ大人の域には程遠い12歳前後の小学生が受験生ですから、高校や大学への進学をめざす生徒と違って、心血注いで勉強に取り組める期間はそう長くありません。やっと目の色が変わってきた起こさんも少なくないことでしょう。それは、これから入試本番までの期間こそ勝負のときだということを意味します。やっと子どもたちに気合の入った密度の高い学習を期待できる段階に至ったのです。

 模擬試験最終回の答案や成績資料を手にしたら、すぐに現在の仕上がり具合や欠落部分を点検しましょう。理科や社会などは、まだまだ埋め合わせや補強が可能です。アタックなどの一問一答式の補助教材は、冬休みまでにやれる限り反復して知識の抜け落ちているところを埋めておきましょう。算数にしても、苦手単元はまだあきらめるには及びません。今から気合を入れてやり直せば、かなり変わってきます。なにしろ、真剣さが伴ってきた今からの時期は、これまでよりもやったことがはるかによく頭に残ります。

 ただし、焦ってあれもこれもと手をつけると頭が混乱して逆効果を招きますから、教科ごとの対策ポイントを絞り込み、決めたことを時間枠の中で集中して取り組んでいきましょう。そうして、冬休みの講座で最終的な仕上げをしていくことになります。保護者におかれては、わが子がやるべきことを心得ているかどうかを確かめ、「今からやれることを精いっぱいやっていこう!」と励ましてあげてください。あとは健康面の配慮も忘れぬようよろしくお願いいたします。

 さて、ここから今回の本題に入ろうと思います。上述のように中学受験の主人公は12歳前後の小学生です。さらに言えば、受験勉強を始めた頃は9~10歳頃ですから、まだまだ幼さが多分に残っていることでしょう。そんな状態のわが子を見るにつけ、「受験勉強をやり切れるだろうか」と心配される保護者もおありだろうと思います。それどころか、「難しい勉強を無理にやらせたり、試験に追い立てたりすることがよいことだろうか」と、疑問や不安がよぎる保護者もおありでしょう。

 そこで今回は、これから受験生となるお子さんをおもちの保護者に向けて、受験は決して子どもの内面の成長をスポイルするものではないこと、それどころか高い教養を有し、前向きかつ柔軟な生きかたのできる人間に成長するうえで、大変有効な経験を与えてくれるものであるということをお伝えしたいと思います。

 まず、中学受験というと、詰込み学習、連日夜間の塾通い、深夜遅くまでの勉強、常に競争をあおられる等々…、ネガティブな連想をするかたもおられるという話を耳にします。また、「わが子には勉強面だけでなく、バランスのとれた健全な成長を」と望んでおられる保護者は、「学校が疎かになってはいけない」、「家庭のしつけがおざなりになりはしないか」、などと心配されるケースもあるかもしれません。

 しかしながら、これらは程度を逸した受験勉強や生活、偏った考えに基づいた学習指導によって生じる弊害であり、「小学生にふさわしい受験勉強・受験生活をこころがけたなら、決して子どもの健全な成長がスポイルされることはありません。これまで何度もお伝えしましたが、中学受験は大人が準備学習をお膳立てし、指導、サポートをしていく点に大きな特色があります。ですから、子どもに過度の負担を与えず、なおかつ鍛錬として妥当な負荷を考慮して受験対策の学習指導を行えば、弊害どころか、将来の歩みに様々な可能性を与えてくれるものです。

 たとえば、弊社は子どもたちの負担を考慮して週3日の通学を原則としています。授業ではどんな指導をしているかというと、決して暗記や問題を解く練習に明け暮れているわけではありません。算数であれば、問題解決に向けて、どこに着眼するかを子どもに考えさせ、発表をさせ、複数の考えかたが出てきたら比較検討し、最終的に最もスッキリする解決法へと収束していくような手法をしばしば用います。子どもは、試験でよい点を取りたいという気持ちを強くもっていますが、授業の時間にそんな観念が入り込むことはありません。何しろ考えて解決に至るプロセスは勉強の醍醐味です。それを授業の度に味わうことをくり返せば、自ずと考える姿勢が育ちますし、算数の面白さを知った子どもに成長していきます。それとテストでの成績を巡る競争とは別物であり、子どもの健全性が損なわれるということはありません。

 考える楽しさを味わえる点では国語も同じです。テキストの文章もテストの文章も、限られた時間内で読んで内容を問う形式になっていますから、ある場面が唐突に現れ、読み進めながら最初の場面がどういう流れを受けて登場したのか推理していく思考が促されます。よくできた文章は、それを考えるプロセス自体が楽しいものです。ある授業で、「みんな、この文章が始まる前、どういう出来事があったのかわかる人はいるかい?」と子どもたちに語りかけたときがあります。するとあっという間に手が10本以上上がりました。みんな口々に「ボクに当てて!」「私に当てて!」と言わんばかりに手を高くつき出していたものでした。考えてみれば、テキストの素材文も、テストの素材文も、文学作品や児童・生徒向けの説明文などです。「この場面お前に何があったのだろう」「この後、主人公はどうしたのだろう」と、様々な思考を促す機会をたっぷりと与えてくれます。

 「これって、学校の授業と同じじゃない?」と思われるかたもおありでしょう。確かに似ている面もあります(限られた時間内に、問題も扱いますので、かなりのテンポで授業を進めていきます)。ただし、受験をめざしている、相当に学力レベルの高い子どもたちの集団で行われる授業ですから、扱う内容や要求される思考のレベルもおのずと高くなります。一生懸命に考え抜いて、やっと理解できる課題にたくさん出合います。みんなで一緒に考え、気づきを与えあう時間は実に刺激的で楽しいものです。こういう授業を2年、3年に渡って経験すると、脳内で生じる新たなシナプス結合はものすごい数になります。おそらく、受験をめざすことになったからこそ生じた脳の変化は莫大なものになるに相違ありません。しかも、人間形成期での体験ですから、知識を得ることや考えることへの志向性を高めるうえで多大な貢献をするのは間違いありません。

 弊社では、通学日以外は家庭での自主学習(テキストの学習・授業の復習など)の日と定めています。家庭における勉強の意味は、授業で学んだことを再点検して深め、定着させることにあります。この勉強を成果に結びつけるには、学習計画を立て、それに沿って反復させる必要があります。それを続けていると、先々まで続く学びの生活に必須の要素が備わっていきます。たとえば、確かな学習習慣が身につく」「「何をいつまでにやるのか、見通しを立てて学ぶ姿勢が身につく」「反復して学び、知識や考えを定着させていく姿勢が身につく」などです。これらを育てることなく、何となく小学生時代を終えた場合や、同じ受験をするのでも、大人の指示や命令に基づく勉強をした場合と比べると、学びの姿勢や習慣、自立度で莫大な違いが生じることでしょう。

 長くなりましたが、受験をめざしたことでもたらされる子どもの成長について、授業と家庭学習の2つの側面から考えられることをお伝えしました。以上を簡単にまとめると、次のようになるでしょう。

★受験めざしたことで得られる子どもの成長

1.勉学に向いた頭脳の持ち主になれる

2.中学・高校以後の学習の発展を支える基礎学力が身につく

3.中高一貫校の授業(教育環境)への適応性が育つ

4.自己管理の下で勉強を進めていく姿勢が育つ

5.時間枠の中で行動を切り替える(勉強路遊びなど)力が養われる

6.目標を立て、それを達成するための戦略を編む力が備わる

 結論としては、「中学受験は、子どもの内面の成長にとっても多くの収穫をもたらしてくれる」ということです。ただし、受験をめざしての勉強法を間違えないこと重要です。

 家庭学習研究社は、「子どもの望ましい成長に資する学習指導の実践」を旗印に掲げていますが、この視点を学習塾はもちろんのこと保護者とも共有し、ともに子どもたちの成長を応援してまいりたいと考えています。ご理解ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

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追い込み期の親の声かけは男女で違う?

2020 年 12 月 7 日 月曜日

 師走を迎え、受験生を抱える保護者におかれては何かと気ぜわしい毎日をお過ごしのことと思います。コロナ禍における健康面の様々な対応は無論のこと、入試が迫ってくるとお子さんのメンタルへの配慮も以前に増して必要になってきます。そこで今回は、受験前の最終段階を迎えるにあたり、親の声かけや励ましにどういった配慮が望ましいかについて、ともに考えてみたいと思います。

 とは言え、筆者もその筋の専門家とは言い難く、絶対的な妙案をもっているわけではありません。かつて多くの受験生や保護者と接してきた経験と、教育・心理学系の学問を修めたことで得た知見とをもとに、「少しでも参考になれば」という思いを込めて筆者なりの考えお伝えしようと思います。多少なりともお役に立つ点があれば幸いです。

 前回お伝えしたように、入試前の数十日は12歳の子どもが驚くほどの集中力を発揮し、一気に合格圏へと駆け上がっていく最重要局面です。そのいっぽうで、精神面にも負荷がかかりやすいときです。やるべきことに専念して勉強に打ち込めるか、精神的なふらつきに惑わされてしまうかで、仕上げ学習の効率は大きく変わってきます。お子さんが無用のストレスや心配に振り回されることなく、入試前最終段階の学習をやり切れるよう適切なサポートをお願いいたします。

 入試本番が近づくと、楽しそうに勉強していたかに見えた子どもたちも、精神的に張りつめた状態になりがちです。この段階を迎えると、親の声かけも男女の気質の差に応じた要素が必要になってきます。どういうことかを端的に申し上げると、男子は自己肯定的な傾向があり、難しい厳しい局面においても比較的楽観的な態度やふるまいをするいっぽう、女子はどちらかというと難しい厳しい局面にいたると自分を過小評価し、悲観的な心境に自分を追いやりがちであるということです(あくまで相対的な傾向ですが)。心理学系の専門者を読むと、やはりそういった傾向が間違いなく見られるようです。

 まず男の子ですが、大人から見るといささか能天気で、現実が伴わないわりにプライドが高く、「いったいこの期に及んで、やる気がほんとうにあるのか!?」と、入試が近づくほどにカリカリ来てしまう保護者が少なくないようです。あげくに、売り言葉に買い言葉で双方がけんか腰になり、互いに感情を爆発させてしまうようなこともありがちです。男の子の弱点は、危険回避への柔軟な対応を怠りがちな点にあります。川や海で溺れて死亡する事件、無謀運転による事故などが圧倒的に男性に多いのは、危険を予測して慎重に行動するよりも「やれるさ」という楽観的で希望的観測に身を任せて行動する傾向があるからだと言われています。リスクが厳然と存在するにもかかわらず、それを無謀なまでの挑戦へと変えてしまうのが男子なんですね。それが考えられないほどの大成功を呼び込むこともある半面、未然に防げるはずの失敗を招くことのほうがはるかに多いのが現実です。

 しかしながら、ことわが子の入試となると、こういった男子の欠点を見過ごし看過するわけにはいきません。そういう現状認識の甘さがみられる場合、「今のままでいいのか」と問いかけ、檄を飛ばすような対応をしてもよいと思います。感情を抑制しビシッと叱る親に対して、やっと目が覚める思いをし、それを契機に追い込みを成功させた男の子の話は少なくありません。男の子には、「自分がいけないときには、ガツンとやってもらいたい」という心理的な欲求が根底にあるのかもしれなせんね。

 いっぽうの女の子については、この方法は望ましくありません。6年生の女子クラスを初めて担当したとき、入試が迫ってきた12月くらいから、やたらと「先生、私なんか受かるわけないよね」「私には見込みがないよね」と、悲観的な言葉を次々に向けられて困惑したことがあります。優秀な成績を維持しているお子さんすらそうでした。そこですぐに気づきました。打ち消そうとしても湧きあがってくる悲観的な思い、不安を、大人に払しょくしてほしかったのです。「ええっ!? きみが受からなきゃ、誰が受かるの?だいじょうぶだよ!」と明るく応じてあげたら、いつも通りの笑顔を取り戻したものでした。実際のところ、指導現場にいる担当者は心得たもので、入試会場などでよくこの言葉を女子受験生に投げかけているのを目撃します。

 以前も書いた記憶がありますが、おかあさんと女のお子さんとは精神的に近くなりすぎる傾向があり、わが娘の悲観的な思いに同調しておかあさんも一緒に落ち込んでしまうケースがあるようです。ただし、不安に振り回されたせいとはゆえ、成績不振に陥ったわが子に、「あなたなら絶対に大丈夫よ!」と激励しても、大人の思考レベルへと近づきつつある女の子には説得力がありません。男子と比べて女子は真面目で、それなりにがんばってきたお子さんが多いものです。ですから、今までの努力を思い出させ、「今までやったことは必ず身についているよ。不安は誰にでもあるもの。大事なのは不安に負けないことじゃないのかな? 自分のやってきたことを信じて、今まで通りやっていこう!」などのように、不安から我を取り戻すよう励ましてあげることが必要だろうと思います。語弊があるかもしれませんが、「開き直ってやるしかないよ!」という激励もアリでしょう。

 以上を簡単にまとめると、男の子に対しては「本当にやるべきことをやれているか」と、現実を冷静にとらえ直させ、データをもとに今からできる最善を尽くすよう働きかけることが肝要でしょう。また、女の子にはリスクを恐れる悲観的な考えから解放してやり、今まで継続してきた努力を信じてがんばるよう促してあげることが必要でしょう。また、男女どちらにも欠かせないのは、「親は子どもの最大の理解者であり、味方なんだ」という思いを込めて声かけをすることです。この思いは必ずお子さんに伝わり、奮起を促すのは間違いありません。

 どうでしょう。おたくのお子さんに当てはまると思われた点があるでしょうか。もしもおありなら、今からの声かけやサポートにおいて、上述した事柄を参考に、今の状態やシチュエーションに即して試してみてください。

 そしてもう一つ、どのご家庭にもお願いしたいことがあります。それは、今までどれだけ努力してきたかどうかにかかわらず、親の不満はとりあえず脇に置いておき、「おとうさんおかあさんは、今からできる最善を尽くすことがあなたに望んでいることなんだよ!」と伝えてあげてください。過去の後悔を引きずっても何にもなりません。それよりも、やるべきことから目をそらさずやり尽せるかどうかが重要なことでしょう。すべての入試が終わったとき、「最後のがんばりは見事だったよ!」と、笑顔で語ってあげられるよう、思いを込めてこの言葉を伝えてあげてください。

 かつて広島学院の名物校長だったロバート・ラッシュ先生は、校庭に整列した受験生全員を前にして、「みなさんのベストをやりなさい!」と激励されていました(以前は、全受験生が校庭に整列したうえで、入試会場に案内されていました)。入試日恒例のことなので、この言葉を聞くたびに、「今年も学院の入試がやってきたんだな」という実感が湧いてきたものでした。そうです。重要なのは、入試本番でベストを尽くすべく挑戦することなのです。それがやれたなら、結果はどうであれ悔いは残りません。だからこそ、「ベストをやりなさい」とおっしゃったのかもしれませんね。

 一回勝負の受験は12歳という年齢の子どもには酷な面もあります。しかしながら、重圧に耐え、最高のパフォーマンスを発揮すべく挑戦することに大いなる意義があります。人間として成長するうえでもかけがえのない体験となるのです。入試が終わるまで、チャンスは受験生の誰にも平等に与えられています。悔いの残らぬラストスパートを実現すべく、がんばっていただきたいですね。

 入試を終えたとき、全ての受験生家庭に晴れ晴れとした笑顔が見られますように!


 

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