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2022年年度作品一覧

No.8 『 復習と共に成長してきた私 』
    広大附属中・県立広島中・清心中・女学院中・AICJ中/Nさん

 私は復習と共に中学受験という壁を乗り越え、成長してきた。
 私が家庭学習研究社に入塾したのは、4年生の時。その時は、家に近い己斐校へ二週間に一回通学する土曜コースだった。その頃も丁寧に復習をしていた。しかし、受験モードには全くなっていなかった。この頃は勉強も苦ではなかった。それに、しっかり勉強を見てくれる母のおかげで成績は自分でも驚くほど良かった。

 5年生になると、一気に受験勉強っぽくなったように思う。私が大好きな歴史も始まり、様々なことを学べた。しかし、4年生の頃ほどテストの順位は良くなかった。それでも、習い事を優先したかった私は、土曜コースのままだった。5年生になると土曜コースが三篠校しかなくなってしまったので、三篠校に通った。こちらも二週間に一回、通学する土曜コースだったが、順位は下がったものの、復習を毎回毎回きちんと続けてきたからなのか、母が丁寧に勉強を見てくれているからなのか、全体的に見ればかなりいい順位だった。受験なんて結構余裕じゃないかと何にも分かっていない私は思っていた。

 そして、6年生になった。多くの人がそうだろうが、塾に通った三年間の中で、一番辛かった。それに、今までほど成績は良くなかった。でも、私は変わらず、土曜コースで二週間に一回、三篠校に通った。それに、今まで通り、点数が良かろうと悪かろうと、何があろうと必ず復習をしていた。序盤はまだ良かったが、途中で私なりに微妙な成績になり、第一志望である広大附属中だけでなく、他の中学校も受かるのだろうか、と少々不安になっていた。だからか、今までそこまで嫌じゃなかった復習が嫌になった。苦手な算数や理科はとばしてしまうこともあり、苦手な教科に限ってつらい復習が残ってしまうという面倒くさい事態になってしまった。

 そんな中、今までの受験生活で私的に最も大変な事件が発生した。その事件というのは、テストの時に算数の問題が急に解けなくなるというものだ。テストでなければすんなり解ける問題が急に超難問になぜか見えてきて、もうその問題に手を付けられなくなる。そして、それに焦り別の問題も解けなくなる。こんな負の連鎖がよく起こるようになった。悔しかった。簡単な問題が解けなかったり、ミスをしたりするのが悲しかった。少しのミスで点数や順位が落ちたりする。もうやめたかった。

 そんなつらい気持ちの中でも、私に寄り添ってくれる人がいた。母だった。母が私の暗い気持ちに光を与えてくれた。母は、勉強をとても丁寧に見てくれ、温かい声を掛けてくれる人だった。「復習」というものを教えてくれたのも母だ。母のお陰で小学校受験をしていた幼いころから、何事にも大切な「復習」というものを知ることが出来た。母はいつも言っていた。テストは自分の苦手を知るためのもので、いい点を取るためのものではないよ、復習をしないとまた同じ間違いをしてしまうよ、と。

 そしてこの大事件を解決するために何度も何度も復習をした。でも、あまり解決せず、冬休みに入ってしまった。冬休みからは、過去問を解いた。私は冬期講習へは通塾しなかった。なぜなら、大好きな家で勉強をしたかったからだ。そのため、家で過去問や家庭学の模擬問題をやって復習をした。でも、私はここで絶望の渦に巻き込まれた。何度過去問をやっても、合格ラインを越えられない。しかも、事件が起こった算数はひどい得点ばかり。また、算数は時間が足りないことも多かった。もう無理だと思った。もうやめたかった。でも、もうすぐ受験日が来ると思うとあきらめたくなかった。やめてしまって、今までの努力を台無しにしたくなかった。だから、母にすすめられる通り必死に、そして一生懸命に復習をした。すると徐々にだが、点数が上がった。算数のミスも減った。そんな所で冬休みは終わってしまった。 

 そして、ここからがラストスパートだ。受験まであと二週間ぐらいになった。だから母と相談して、ほとんど全ての過去問の復習をした。とにかく復習して、復習して、復習して、復習して、復習し続けた。一番苦労した。死んでしまうのではないかと本気で思うぐらい辛かった。なぜなら、自分専用の苦手問題集を解くのと全く同じである復習をずっと続けるからだ。辛いのは仕方がないだろう。嫌だったが、がむしゃらに解きまくった。

 そんな日々を過ごしたからだろうか。日が過ぎるうちにどんどんどんどん成績が上がるではないか。それに、今までよりもっとミスが減ったし、落ち着いて問題を解けるようになった。最後のテストではあの算数も95点をとれた。

 そして、いつの間にか受験日が来た。私は驚くほど緊張しなかった。本番では(特に算数で)焦らないように、「賢明に、そしてゆっくりと。速く走るやつは転ぶ。」というシェイクスピアの名言や、「人の一生は重荷負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」という徳川家康の名言を書いたり、算数でミスをしないための対策法をまとめたりしたノートをずっと見ていた。そのため、とても落ち着くことが出来、どこの学校の問題も思った以上にサラサラと解けた。ここの学校の問題ってこんな簡単だったっけ?と思うほどすんなりと分かったように思えた。だからだろう。どこの受験でもやり切った!と思うことが出来た。いつも受験が終わって帰る時には、私の顔にとても輝かしい笑顔が光っていた。

 そして、第一志望の広大附属中を含む受験した全ての学校に合格出来た。私を応援してくれた山科先生、藤堂先生を始めとする三篠校の先生方、4年生、そして、5年生の冬期講習でお世話になった己斐校の先生方、適性検査対策講座でご指導いただいた東広島校の先生方。いつも勉強を見てくれ、フォローしてくれた母や、送り迎えなど色々協力してくれた父などの家族のみんな。私を一番合格に導いてくれた復習。そして、私の中学受験に携わって下さった多くの皆様。全てに心より感謝したい。そしてこれからも、この中学受験で得た貴重な経験を活かし、未来へ向かって進んでいきたい。

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