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〝記憶力″は覚える力と取り出す力の連携

月曜日, 5月 13th, 2019

 「うーん、のど元まできているのに、どうしても言葉として出てこない」――これは、テストのときに誰もが経験したことのあるおなじみのシーンです。せっかく手間暇かけて脳にインプットしたことが、肝心なときに記憶の倉庫から取り出せないと、ほんとうに情けなく悔しいものです。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。今回は、記憶に関する話題を取り上げてみました。

 覚えているはずなのに、どうしても取り出せない。それは、記憶に「覚えること」と「取り出すこと」という別の側面があるからです。これを「記銘」「想起」と呼びますが、もう一つ、忘れないように頭の中にしまっておくことを「保持」と呼びます。

 覚えていることなのに言葉として取り出せない。こういう記憶の多くは意味記憶と呼ばれるもので、「壬申の乱」「象形文字」「光合成」などの一般的な知識を扱います。いっぽう、具体的体験に基づく記憶はいつでも取り出すことが容易で、エピソード記憶と呼ばれています。

  エピソード記憶は、自分が体験した出来事を時系列に沿って記憶しているので、必要に応じていつでも脳内の記憶の倉庫から取り出すことが可能ですが、意味記憶は単に知識として頭にインプットしている記憶のため、文脈的な手がかりがありません。よって、何かのきっかけがないと思い出せないことが多いのが特徴です。そこで、前述のように肝心のテストのときに言葉として再生できず悔しい思いをすることになるのですね。

 テストに強い頭脳の持ち主は、どこに何があるかを推理する(記憶のストックから探し出す)能力が高いと言われます。このように、頭の中で混然一体となって絡まり合っている知識のなかから、互いに関連し合う知識を検索したり、知識と知識を関連づけてひとまとまりの情報にまとめあげたりすることに強い人が、「記憶力に長けた人だ」と言えるでしょう。覚えて知識を蓄えることは学習活動に必須のものですが、臨機応変に取り出せなければせっかくの知識も宝の持ち腐れでしかありません。

 どうすれば、頭の中に蓄えた知識を必要に応じて取り出せるのか、互いに関連する知識を検索して抽出できるのかがわかれば、学習活動に大いに生かすことができるでしょう。金出武雄氏はアメリカで活躍されている有名なロボット研究者ですが、著書「独創はひらめかない」において、この問題についてシンプルかつ有用なヒントを示しておられます。

 たとえば、「記憶力を強化するための特効薬となるものはない」としたうえで、「覚えるときに理解して覚えることが大切である」ということを指摘しておられます。当たり前のことですが、理解したことは正しく出てくるからです。問題を解く際にも、思考の途中で「以前やった問題に似ている」と気づき、そこからとんとん拍子に解けることがありますね。しかし、以前の取り組みをいい加減に済ませていたならそうはいきません。氏によると、「目の前の問題と、以前やった問題との関係がわかってこそ、脳のなかで連結できる」からです。これは、学んで得た知識が理解を伴ってこそ可能なことでしょう。

 また、同氏は視覚や聴覚から入力した(読んだり聞いたりして得た)情報を、既知の知識や経験と関連させながら覚えることを薦めておられます。ただ詰め込むのではなく、今までに学んだこととどういう関係にあるのかを照合し、既知の知識と関連づけながら理解すると記憶が整理整頓され、取り出すときに混乱することが少なくなるのです。金出氏は、「想像を膨らませながら新しい知識を覚えることが、知識への感受性を高める」と述べておられます。その結果、学んだ知識を他の場面に適用して問題解決を図る力が磨かれることになります。

 以上のことから、中学受験をめざして学ぶ子どもたちに心がけていただきたいのは、次のようなことです。


 授業では、ただ何を覚えておくべきかを説明しているわけではありません。大切な考えかたや理屈を、例題や事例をもとにみんなで一緒に考えていくような流れになっています。したがって、よく聞いていればしっかりと理解できるよう配慮されています。また、授業中の先生や子どもたちのやり取りはエピソードとしてインプットされますから、「この考えかたは、あのときの授業でこんなふうに学んだ」と、すぐさま取り出すことが可能になります。


 すでに何度も書いてきたことですが、学んで得た新規の知識は1日もすれば何割も記憶から消えてなくなります。しかし、まだ記憶が鮮明なうちにやり直しをしておけば、記憶の保持率は格段に上がります。さらに、テスト前に一度、テスト後に一度おさらいをすると、学んで得た知識のほとんどは記憶として保管されることになります。知識は繰り返しインプットされてこそ定着するのですね。1のような授業姿勢と相まって、使える知識や考えかたを習得することができるでしょう。


 テキストには、単元ごとに類似問題や発展問題が過不足なく網羅されています(おもに算数)。授業で扱った問題や基本的な問題をしっかりと理解したところで、他の問題に積極的に挑戦することで、すでに理解できたことを活用して問題解決を図る力が養われます。いわゆる応用力が身につくわけです。うまく解けなければ、授業で学んだことや基本事項に立ち返り、繰り返し取り組めば、徐々に学んだ事柄を課題の内容に応じて運用する力が身についていきます。なお、類似問題への取り組みは、基本事項をしっかり理解したうえでなければ効果が薄れてしまいます。

 以上は、あまりに当たり前のことです。しかし、だからこそ最も重要な勉強法だと言えるのではないでしょうか。理解の伴った知識なら、正しく運用できます。これを様々な課題に挑戦して自在に活用していく力を養っていけば、勉強すること自体も楽しくなっていきます。保護者におかれては、お子さんがこうした学習によって力をつけ、成長していけるよう見守り応援していただくようお願いいたします。

 最後に、前出の金出氏が子ども時代に体験した勉強について書いておられますので、ご紹介しておきます。

 私は、子供の教育の基本は「読み・書き・ソロバン(計算)」だと思っている。読み・書き・計算は、すべての学科、さらに言えば思考、記憶力の基本の基礎である。基本は繰り返しやることで身につくものであり、近道はない。脳の中にチャンク(塊)ができて初めて基本として身につき、応用することができる。そのためには、ニューロンの発火を何回も繰り返す必要があるのだ。

 私は、小学生の頃から、覚えることは好きだったし、得意だった。神戸の小学校の一年生の時の受けもちの先生は、本を暗記させることがいいことだという先生で、生徒に教科書を繰り返し読ませ、覚えさせた。覚えてきて皆の前でそらんじたら、何ページまで進んだと教室の後ろに貼り出す。私は丹波の田舎から二学期の九月に転校してきたのだが、十月にはクラスメートのはるか先へ進んでいた。

 小学校のころは家が貧乏だった。辞書などは買ってもらえない。そこで、四年生のころ、一年から六年までの国語の教科書を全部借りてきて、各巻の「漢字一覧表」とその使用例を全部きれいな紙にあいうえお順に書き写した。それを糸で綴って、自分だけの辞書を作ったりしたものである。自分で作ったものは愛着もある。もち歩いて繰り返し見たり書いたりして、全部を完全に覚えた。

 ( 中略 )

 詰め込み教育はいけないと言うが、頭の中に何もなければ、考える材料を引き出すことはできない。詰め込むことが悪いのではない。詰め込み方が問題なのである。※羽生名人のように、関連知識をさっと引き出すことができればよいのだ。

 以上の記述の中に、勉強の本質について参考になる箇所がいくつもあるように思います。お子さんの勉強について、もしも活かせる箇所があったなら、試してみてはいかがでしょうか。

※羽生名人との対談の際、名人が「将棋を直観で指す」と言ったことに対し、金出氏は独自の見解を述べておられました。それは、「名人の言う直観はロジカルな思考と何ら変わらない。名人は将棋を覚えたての頃は、『こう指すと、こうなって…』と考えながら駒を動かしていたのだと思う。そうした経験が積み重なるにつれて、それをしなくても楽に結果を見通せるようになったのだろう」というものです。つまり、対局の積み重ねによって、まるで直観(思考が介在しない)で将棋を指しているかのように見えるレベルに到達したのだということのようです。直観は、経験によって磨きあげられた論理なのですね。

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